平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




04/3/22(337号)
矛盾の出発点

  • 意味のない事業規模130兆円
    先週号に続き、論説副主幹土谷英夫氏の2月29日日経新聞の論説を取上げる。筆者は、土谷氏の論説こそが典型的な構造改革派の主張であり、これらが間違っていることを指摘する。構造改革派は、経済の構造を変えれば、経済は成長すると主張する。そして我々の主張のようにまず積極財政によって、需要を創出し、経済の浮揚させることが必要と訴えても、「財政政策は効果がない」とか、「かえって景気回復にマイナス」と彼等は決めつける。しかし今日、政府は、莫大な為替介入という形を変えた効果の薄い財政支出を行ない、かろうじて名目経済成長率をプラスにしている。

    財政出動の働きを否定し、構造改革を進めるという観点から、土谷氏は論説の中で「バブル崩壊後公共事業を中心に事業規模130兆円の景気対策にもかかわらず、二回の景気回復は短命に終わった」「規制改革で新しい需要や新事業を」と主張している。これらを端的に言えば、「財政政策の効果がなくなった」「規制緩和で需要創出」という構造改革派の陳腐な常套句になる。今週はこのうち「財政政策の効果がなくなった」という土谷氏の主張の検証を行なう。

    ところで正直に言って、筆者はこれらを取上げることに辟易している。これまでも本誌では、幾度となくこれらを取上げ、「そのようなバカなことはない」と懇切に説明してきたつもりである。しかし世間ではなかなか理解が得られない。もっとも「そのようなバカなことはない」ということが簡単に理解されるくらいなら、小泉改革政権はとおの昔に終了していたはずであるが。本誌をずっと読んでいる方は「またか」と感じられるかもしれないが、しばらくお付合い願いたい。


    まず財政支出の一つである公共投資に大きなGDPの押上げ効果があることは明白である。これについては04/3/1(第334号)「為替介入ではなく財政支出を」03/11/10(第321号)「総選挙の結果他」で述べた通りである。最新の内閣府の経済モデルは、1兆円の公共投資によって3年間で3.28兆円のGDPが増えることを示している。たしかに公共投資のGDPの引上げ効果はわずかであるが小さくなっている。しかし効果がなくなったとか、効果が逆にマイナスになったということは絶対にない。土谷氏などの構造改革派は、公共投資を始め財政支出に景気浮揚効果がなくなったという根拠を示す義務がある。

    また土谷氏が、取上げている数字は、実際の景気対策を目的とした財政支出額そのものではなく、「事業規模130兆円」と事業規模である。筆者に言わせれば、いかにも数字を誤魔化そういう土谷氏の意図が見え見えである。政府は、景気対策を行なう時には、予算額とともに事業規模を公表する。

    しかし事業規模は、ほとんどエンピツを舐めながら創作した数字である。たとえば国が公共事業費の補助金を1兆円支出するとしたなら、地方もそれに応じて公共投資を行なうものと想定する。事業規模は、それら全ての合計である。また住宅建設の補助金として財政支出を行なう場合、民間がそれに応じて住宅建設を増やすものという想定のもとで住宅投資の予想数字を作り、それが事業規模になる。また補助金がない地方が自主的に行なう単独事業も含まれる。

    したがってたとえば景気対策の補正予算が3兆円に過ぎないのに、政府が発表する事業規模が15兆円を越えるということはよくある話である。政府が事業規模を意識的に大きくするのは、景気対策の効果を大きくするためのアナウンスメント効果を狙っている。景気対策を策定する時は、いつも作業を急いでおり、不確かな事業も多く含まれてものと考えられる。

    しかし政府が補助金を予算化しても、地方が事業の予算化を行なわないことがある。さらに最近では、仮に地方が国の景気対策に付合って公共投資を予算化しても、財政難で補助金つきでさえも公共事業を取り止めるケースが目立っている。また公共投資の補助金事業の他でも、財政の予算措置がなされながら、実際には支出されないことがある。以前、景気対策の雇用対策予算がほとんど使われなかったケースを本誌で紹介したことがある。このように財政支出が景気浮揚に効果があったかどうか議論する場合には、予算ベースの話をしても決して科学的ではない。特に最近では、景気対策の予算が使われないケースが目立つようになっており、本当の財政による景気対策の効果を測るには、予算ではなく決算べースの数字を使うべきである。


  • 外需依存経済への回帰
    日本政府が公表する景気対策予算の数字は、これ以外にも問題がある。以前米国は、予算規模や事業規模があてにならないから、正直に「景気対策の真水部分」を示せと日本に迫ったことがある。本当に経済を浮揚させる力のある財政支出額である。「真水」部分と言えば、たとえば公共投資予算でも、土地の購入代を差引いた数字である。土地の購入費用は、それが支出されても、ほとんどが貯蓄に回り、それ以降の乗数効果の波及が中断されるからである。ところでこの「真水」という概念は日本の経済政策にとって極めて重要である。これに関して、本誌は4週間後あたりに再び取上げることにする。

    このように財政支出の効果を測る場合には、決算べースのそれも土地の購入代金を差引いた「真水」部分の数字が重要である。またバブル崩壊後当時の数字ならかなり時間が経っており、当然予算ベースだけでなく決算ベースの数字も把握できるはずである。特に日経新聞なら周りにシンクタンクがいくつもあり、この種の数字を入手することは容易と考える。もちろん130兆円という数字はずっと小さくなるはずである。したがって何故、土谷氏が「政府発表の事業規模」といういい加減で、人を惑わすような数字をわざわざ使っているかに大きな関心がある。もし日経の読者はどうせ「経済の素人」と考えているのなら、読者をなめ切った行為と言う他はない。


    当然バブル崩壊後の公共投資には当然経済効果はあった。しかし03/7/28(第307号)「設備投資の実態」で述べたように、バブル崩壊後、設備投資の方が年間ベースで20から25兆円(GDPの約5%)も減った。これは大変と、政府は財政支出を増やし、かろうじてマイナス成長を回避したのである。つまり土谷氏の主張は「真っ赤な嘘」であり、公共投資は確実に効果はあったが、民間の設備投資の大幅な落込みを埋めるのが精一杯だったのである。ついでながら当時、政府の景気対策で経済がようやく水面上に顔を出した程度であったが、日銀が「バブルが心配」とまた金融を引き締め、再び経済は沈没した。


    小渕政権の積極財政政策は1年も持たなかった。積極財政と思われている小渕政権の財政政策は、残念ながら2年目にはほぼ中立的な予算になっている。地方単独事業も99年度の地方財政計画は19.3兆だったのに、決算ベースでは13.5兆と大幅に減額されている。地方は国に対して景気対策を十分行ないます言いながら、実際はやらなかった。このように積極財政というイメージのある小渕政権でさえ、周りを取り囲んだ構造改革派の様々な圧力で、積極財政を十分に遂行できなかったのである。


    1985年のプラザ合意後の超円高で、外需依存型の経済への転換を目指した日本経済であるが、みごとにこれに失敗した。一つの原因はベルリン崩壊後の構造改革派の台頭である。バブル崩壊後も、財政政策を否定する彼等は、「財政出動は効果がなくなった」「規制緩和で経済は蘇る」といった作り話を風潮して回った。マスコミもこのような論調を煽った。世の中も一頃の「内需拡大」路線を否定するような空気が醸成され、公共投資などの財政支出は不当な理由で否定されるようになった。橋本、小泉政権の逆噴射的財政政策は、この延長線上にある。

    そもそも構造改革派の「まじない」のような経済理論は完全に間違っているのだから、当然これに沿った政策で日本経済は窮地に陥った。かろうじて経済の底割れを回避しているのは、日銀による異常な金融の超緩和政策と外需である。内需拡大を目指していたはずの日本経済は、逆に再び外需に依存する他はなくなったのである。しかし外需依存の経済は、円高を再び招くことになる。

    これを誤魔化していたのは日本からの資本の流出であった。毎年、多額の資金が日本から米国に流れることによって、かろうじて円高は阻止されていた。しかし資本の流出は、一時的な痛み止めである。むしろ流出した資本が元本となり、その元本が利息や配当といった果実を生み、将来の経常黒字要因、つまり円高要因になっている。近年の所得収支の黒字の増加はその現われである。

    しかし米国経済のデフレ傾向の始まりと、ブッシュ政権のデフレ対策によって状況は大きく変った。デフレ対策ために米国の財政赤字と経常収支の赤字は恒常的なものになった。さすがに日本からの資本流出もストップした。むしろ資金の一部は、株式投資の形で日本に流入している。

    一気に円高・米ドル安要因が浮上してきた。円高を阻止する方法は、巨額の政府・日銀の為替介入しかなくなったのである。しかし常軌を逸した政府・日銀の為替介入には欧州だけでなく、米国からもクレームがついている。ついに為替介入で円高を誤魔化すことが非常に難しくなったのである。なお、今後の為替動向については、本誌の2週間後に取上げるつもりである。

    つまり構造改革派の完全に間違った考えに沿った政策が続き、日本経済は矛盾を抱えることになった。そしてその矛盾がどんどん大きくなっていたのである。デフレ経済下で財政政策を否定する政策が矛盾の出発点となった。この大きく成長した矛盾を誤魔化すために使った最後の手段が、政府・日銀による大規模な為替介入である。しかしこれも欧米から理解を得られるどころか、逆に批難を浴びている。率直に言って、日本政府にはもう手はなくなった。このような状況で、土谷氏などの構造改革派は「小泉改革と景気は両立した」と言っているのだから、筆者はあきれる他はないのだ。



来週号は、もう一つの構造改革派の陳腐な主張である「規制緩和」を取上げる。

亀井静香勝手連のアドレスは(亀井静香勝手連のホームページhttp://www.nb-j.co.jp/katteren)である。



04/3/15(第336号)「日経の貧乏神」
04/3/8(第335号)「実感なき経済成長」
04/3/1(第334号)「為替介入ではなく財政支出を」
04/2/23(第333号)「為替介入への道」
04/2/16(第332号)「為替介入資金の働き(その2)」
04/2/9(第331号)「為替介入資金の働き(その1)」
04/2/2(第330号)「為替介入政策の限界」
04/1/26(第329号)「今日の政治課題」
04/1/19(第328号)「今年の政局の課題」
04/1/12(第327号)「今年の日本の景気」
03/12/15(第326号)「日本の公的年金」
03/12/8(第325号)「足利銀行の破綻処理」
03/12/1(第324号)「日本経済を支えているもの」
03/11/24(第323号)「総選挙結果から見えるもの」
03/11/17(第322号)「総選挙結果の分析」
03/11/10(第321号)「総選挙の結果他」
03/11/3(第320号)「総選挙の予測」
03/10/27(第319号)「動態的会計による企業価値算定」
03/10/20(第318号)「道路公団、財務諸表の怪」
03/10/13(第317号)「藤井総裁解任劇」
03/10/6(第316号)「総裁選と総選挙」
03/9/29(第315号)「総裁選の総括」
03/9/22(第314号)「ドキュメンタリー総裁選」
03/9/15(第313号)「レポート総裁選・・その2」
03/9/8(第312号)「レポート総裁選」
03/9/1(第311号)「混迷の終始符」
03/8/25(第310号)「急がば回れ・・再び」
03/8/18(第309号)「自民党の総裁選に向けて」
03/8/4(第308号)「日本の実稼働率」
03/7/28(第307号)「設備投資の実態」
03/7/21(第306号)「企業経営と創造的破壊」
03/7/14(第305号)「頭が破壊されている人々」
03/7/7(第304号)「頭が混乱している構造改革派」
03/6/30(第303号)「経済の循環(その2)」
03/6/23(第302号)「経済の循環(その1)」
03/6/16(第301号)「経済政策の混乱」
03/6/9(第300号)「りそな銀行の件」
03/6/2(第299号)「規制緩和と日本経済」
03/5/26(第298号)「経済学と経営学」
03/5/19(第297号)「政府紙幣発行の認知度」
03/5/12(第296号)「滝田洋一氏への反論」
03/5/5(第295号)「政府紙幣発行政策の誤解」
03/4/21(第294号)「逆噴射の財政政策」
03/4/14(第293号)「危機管理下の経済政策」
03/4/7(第292号)「国債の管理政策」
03/3/31(第291号)「経済再生政策提言フォーラム」
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