平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




04/3/15(336号)
日経の貧乏神

  • 非科学的な新興宗教
    昨年10ー12月、GDPの実質経済成長率が年率で7%という高い値を示した。しかしこの数値が実感とはほど遠いことを先週号で説明した。この高い実質経済成長率は、デフレータの大幅な低下によってもたらされたものであり、一方、実感に近い数字である名目成長率は依然低迷している。たしかに米国や中国の経済の好調さに助けられ、日本経済はなんとか回復基調に乗った段階である。しかしこれも巨額の為替介入による円安政策に支えられている。

    ところで数字のマジックとは言え、年率で7%もの実質経済成長が実現すると「やはり小泉政権の構造改革路線は間違ってはいなかった」というばかげた発言が目立つようになった。これは筆者が予想していた通りのことであるが、どうしてもこれに反論しておく必要を感じる。

    代表的なのが2月29日日経新聞に掲載された論説副主幹の土谷英夫氏の論説である。タイトルは「両立した景気と改革」、サブタイトルが「「易きにつく」を乗り越えて」と、これを見ても分るようにこの論説委員は典型的な「構造改革派」である。同氏はこれまでも同様の論調の文書を日経にずっと書いている。筆者は、これらのいくつかを虚言・妄言の類として切抜いてスクラップにしているが、今回初めて本誌で土谷氏のこの奇妙な論説を取上げることにする。


    土谷氏のこの論説の特徴は、事実の誤認と、まずい点には一切触れないことにある。まず小泉政権の改革路線の成果を強調しているが、そもそも小泉政権の改革路線というものを具体的に説明できる者がいない。一つだけはっきりしていることは、公共投資を削減したことだけである。

    しかしそれ以上に福祉関係支出が増えている。生活保護世帯もわずかの期間に5割以上増え、135万世帯になった。一般会計の新規国債の発行額は、30兆円どころか、来年度は36.5兆円を超える。さらにこの数字も返すべき借金の返済を一部延期しており、本当は38兆円を軽く超えているものを操作している。これに為替介入資金を加えれば、国の借入金の急増ぶりは驚くほどである。このように改革路線と言っても何が改革だったのか誰も答えられない。実際、改革の目玉とされている道路公団と郵政の民営化は、まだ法律さえ通っていないのである。

    土谷氏の論説の一番の疑問点は、「積極財政への転換を行なわなかったから、今回の景気回復が実現した」と決めつけているところである(そもそも名目成長率がわずかにプラスになった段階であり、景気回復も、実感されていないのが現状である)。まるで土谷氏は、積極財政が景気回復に邪魔だと言っているのと同じである。

    実際、土谷氏は昨年の自民党の総裁選に言及している。総裁選では、小泉首相を除く、亀井、高村、藤井の三候補は揃って積極財政への転換を訴えた。これが間違いと断定している。理由として、積極財政への転換しなかったのに、不況が深刻化しなかったことを挙げている。

    さらに土谷氏は、御丁寧にも、亀井、高村、藤井の三候補が何故このように判断を間違ったかについても説明している。その説明によれば、景気回復をもたらされたのは、経済学というより心理学の問題と言っている。小泉政権の財政面の政策が期待できないと知って、企業が自ら改革を進めざるを得なくなった。その結果、民需中心の景気回復をもたらしたのではないかと土谷氏は説明している。つまり日本の企業の精神が「シャン」としたから、今回の景気回復が実現したと言っているのである。


    しかし筆者は、いままでこの土谷英夫氏の論説ほど非科学的な経済の解説に出会ったことがない。本誌は先々週号04/3/1(第334号)「為替介入ではなく財政支出を」で内閣府が公表している経済金融政策が日本経済に及ぼす最新の経済モデルの試算結果を使って、公共投資の実質GDP押し上げ効果を数字で示した。しかし土谷英夫氏の論説のようなものが世間にまかり通るのなら、真面目な経済論議など成立たない。

    ところが日本には、このような土谷英夫論説副主幹と同じようなことを主張している有力者が驚くほど多い。たとえば奥田経団連会長は韓国で「日本経済の回復は小泉構造改革の成果」と発言している。このように今日の日本は、景気回復によって「構造改革」と言う非科学的な新興宗教にますます支配されることになっている。


  • 「日経ビジネス」の広告
    土谷氏の論説を簡単にまとめると、緊縮財政の小泉政権の財政運営によって、日本の企業精神が「シャン」として景気回復が実現したことになる。信じられないくらい幼稚な論説である。もし土谷氏の言うように財政支出を削った方が景気に良いのなら、もっと予算を削れば良かったのである。

    しかし現実は、緊縮財政と言いながら、財政支出の当初予算は少しずつ増えている。もっと端的に言えば「メリハリがなく、だらしなく歳出を増やしている」のが小泉財政の特徴である。また財政支出としてはカウントされていないが、銀行に巨額の公的資金を注入している。この他にも雇用保険が赤字になるほど失業手当が支出されている。とうとう日銀さえが株式を購入している。ただしこの種の支出は財政支出には含まれていないだけである。

    たしかに日本は中途半端な財政政策に終始しているが、日本に代って、米国は大幅に軍事支出をふやしたり、減税を実行し、財政赤字を大きくしている。中国もこれまでは積極財政を行なって来た。このように日本は財政政策に消極的であったが、他の国が財政支出を増やしているのである。

    そして何よりも注目されるのが、先週号まで取上げてきたように政府・日銀は、円高阻止のための信じられないくらい大きな為替介入を行なっている。大型の介入が始まった昨年の1月から、既に33兆円もの介入を行なっている。介入資金は国の借金で調達している。公共投資も介入で得た米ドルで米国債を買うのも財政の支出という点で同じことである。慣例で、米国債の購入費を財政支出に含めていないだけである。

    この政府・日銀の為替介入資金の一部は、日本からの輸出増や日本株価上昇に繋がった。土谷氏は、民需が増えたと表現しているが、正確には輸出とそれに関連する設備投資が増えたのである。明らかに土谷氏は、この点をごまかしている。もちろん巨額の為替介入が、各国の景気対策の成果を日本に移す働きを行なっている。欧州のように為替介入を行なわなかったら、円高は90円を超える水準に達していたことも考えられる。

    土谷英夫氏の論説は、雇用保険の赤字(大きな積立金があったのが、いつのまにか赤字になっている)や巨額の為替介入などには、一切触れていない。まずい点には言及しないのである。これで積極財政派が「何故間違ったか」と言っているのだから呆れる。


    日本の企業精神が「シャン」としたから景気回復が実現したとは何事か。世の中には経済と経営を混同している人々が実に多い。土谷氏はこの典型である。不況が続き、企業が合理化に努めることは当り前のことである。何も企業が初めて合理化や経費の節減に動いたのは昨年のことではない。企業はずっと合理化に邁進している。しかし一企業が合理化を進め、企業業績が良くなることと、一国の経済が良くなるのとは必ずしも一致しない。

    一国の総需要が増えない限り、国の経済は拡大しない。企業の業績が良くなっても、それが経費の削減によって実現したのなら、国全体では総需要は増えない。今回の景気回復は、明らかに外需が増えたことが引き金になっている。輸出が増え、それに関連する設備投資が増え、そして総需要がわずかに増えたのである。ところが日本では、悲しいことに戦前と同様、土谷氏のような精神論が跋扈するようになった。


    今日の日本の経済の状態は、日経新聞が得意のいわゆる「勝ち組」と「負け組」に分かれている。「勝ち組」が業績が良いので、景気回復が実現したような錯覚に陥っている。そして「勝ち組」がいずれ「負け組」を引上げるという楽観論があるが、その実現は難しい。むしろ「負け組」の犠牲によって「勝ち組」の業績が良くなっている面が強い。

    「勝ち組」は輸出比率の高い製造業や、合併などによって寡占化を進めた大企業である。一方、「負け組」は、生産拠点の移転が続き、公共事業などの財政支出の削減といった苦境に直面した地方の経済や大企業への納入業者、そしてリストラにあった人々である。就職先のない新卒者や、そのうち景気が良くなると予想して、借金で過去に設備投資や住宅購入を行なった人々も「負け組」である。このように具体的に見れば、「勝ち組」がいずれ「負け組」を引上げるという話が荒唐無稽と分るはずである。


    日本経済の現状を「勝ち組」だけで説明しようとしているのが、土谷氏を始めとした日経の論調である。しかし一国の経済は「勝ち組」だけでなく、「負け組」を含めて成立っているのである。ところが土谷氏に代表されるように、日経の論調は「負け組」に対しては極めて冷たい。日経を読んでいると、まるで日本には「負け組」の人々がいないような錯覚に陥る。

    日経新聞は、本当に日本経済が回復していると感じているのであろうか。また日経新聞の論調では、さらに経済を立直すには、小泉改革とやらを一段と進める他はないと言っているのと同じである。数カ月前、筆者は、10年以上読んでいた日経新聞系のある新聞の購読を止めた。販売店からは、購読を止めた理由を何回か聞いて来た。筆者は「景気が悪いから」とだけ答えておいた。日経が言っているように、日本経済が好調なら、一人くらい購読を止めても平気のはずであろう。しかし購読を止めたのは、経費の節減のためだけでなく、実際は最近の日経の論調への反発もあったからである。


    土谷氏は、論説の中で、経済が好調な論拠の一つとして企業倒産件数の低下を挙げている。たしかに企業倒産件数と負債額は減っている。しかしこれが景気回復によるものかどうか即断できない。倒産が減少した理由は、他にも色々と考えられる。「倒産すべきところは既にあらかた倒産している」「企業が銀行取引停止を避けるため手形発行を抑えている」「銀行も取引先が潰れられると、不良債権が増え自己資本が毀損するので、無理な取り立てを止めている」などである。しかし企業も倒産する前に廃業の道を選んでいるケースが増えている。昔なら「もう少し頑張れば、景気が回復する」と無理をしていた企業も、最近では将来の展望が感じられなくなり、倒産する前にあっさり廃業するようになっている。廃業の件数は倒産件数の10倍はあると言われている。

    昨年の総裁選の頃、筆者は、企業の開業率と廃業率の直近のデータを知りたくて総務省に電話した。しかし直近のデータはなく、何年ぶりかで調査を今年行なうという話であった。あと半年くらいで最新のデータが公表されると思われる。おそらく驚くような数字が出ると思われる。前回の調査でも、廃業率が開業率を上回っていた。このような国は世界の中で日本だけであろう。もっとも経済が拡大しなければ、企業が市場に新規参入することは無理である。

    日本から企業がどんどんなくなっているのである。日経新聞は、土谷英夫副論説委員が主張しているように、本当に小泉改革によって日本経済が復活すると信じているのであろうか。またこのような状況下で日経新聞の購読者や企業広告が本当に増えているのだろうか。筆者には、最近の日経新聞は「日経ビジネス」の広告だけがいやに目立つような気がする。そして日経の論調こそが「貧乏神」のように思われる。



日経新聞論説副主幹の土谷英夫氏は、上記の論説でさらに「バブル崩壊後公共事業を中心に事業規模130兆円の景気対策にもかかわらず、二回の景気回復は短命に終わった」「規制改革で新しい需要や新事業を」と主張している。構造改革派の常套句である。まだこのようなばかげたことを言っているのかとあきれるが、来週号はこれらを取上げる。

亀井静香勝手連のアドレスは(亀井静香勝手連のホームページhttp://www.nb-j.co.jp/katteren)である。



04/3/8(第335号)「実感なき経済成長」
04/3/1(第334号)「為替介入ではなく財政支出を」
04/2/23(第333号)「為替介入への道」
04/2/16(第332号)「為替介入資金の働き(その2)」
04/2/9(第331号)「為替介入資金の働き(その1)」
04/2/2(第330号)「為替介入政策の限界」
04/1/26(第329号)「今日の政治課題」
04/1/19(第328号)「今年の政局の課題」
04/1/12(第327号)「今年の日本の景気」
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03/12/8(第325号)「足利銀行の破綻処理」
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03/11/24(第323号)「総選挙結果から見えるもの」
03/11/17(第322号)「総選挙結果の分析」
03/11/10(第321号)「総選挙の結果他」
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03/10/6(第316号)「総裁選と総選挙」
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