平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




03/4/14(第293号)
危機管理下の経済政策

  • バブルの崩壊
    92年から日本の地価は大幅に下落を始めた。もっともバブル期に異常に高くなったものが、安くなったのであるから、地価に関する限り、当初は正常化への道であった。特に土地取引に関係のなかった一般の人々にとっては、「単に高くなり過ぎたものが安くなった」という印象を持っただけである。

    しかし日本経済全体には、バブルの崩壊は大きな打撃であった。もっとも当時このことが、将来、日本経済に危機的な影響を与えることを予見できた人は少数派であった。多くの人々は、そのうち土地の値段も少しぐらい戻すのではないかと、安易に考えていた。日銀も、むしろバブルの再発を異常に恐れ、なかなか金利を下げようとはしなかった。

    バブル崩壊で人々の注目を集めることは、まず銀行などの金融機関が土地融資で、膨大な不良債権を作ったことである。たしかにこれは重大な問題に発展している。特に住専、ノンバンク、建設・土木などの巨額の不良債権の処理が問題になっている。


    しかしこれに加え筆者は、既に忘れ去られているもう一つの出来事に注目している。土地の売却代金の行方である。世間は、バブル期に土地を買って大損した人の不良債権ばかりに関心が行っている。しかしバブル期に高値で土地を売り抜いた人のことは忘れ去られているのである。特に個人が昔から保有していた土地を売却して得た代金である。

    バブル期の個人の土地代の売越し額は45兆円ほどといわれている(筆者にはもう少し大きいように思われるが)。この資金の行方が問題である。土地の購入資金の源泉は所得である。この所得が発生するには同額の物やサービスの生産が行われているはずである。土地の売却代金がそっくり消費や投資に回っているのなら問題は生じない。しかし土地の売却代金の大部分は、使われないで貯蓄されているのである。この結果、土地の売買が活発になるほど、その後に有効需要の不足が大きくなるのである。

    筆者は、慢性的に需要不足に陥る日本経済を考える場合、この土地の売却代金を無視できないと考えている。日本においてデフレギャップが特に大きくなったのが、72年、73年頃の列島改造ブームと80年後半のバブルの後であった。いずれも大量の土地が高値で動いた後である。日本の土地代で米国が二つも三つも買えるほど、日本の地価は高い。つまり土地の売却代金が、経済に多大に影響を与えていることが日本経済の特徴である。このような国は他にない。


    筆者は、バブル崩壊が日本経済へ与えた大きなインパクトは、「資産価格の大幅な下落による逆資産効果」「多大な不良債権の発生」「反動による設備投資の急減」に加え、「土地売却代金がフリーズ状態になって有効需要の不足が発生」と考える。特に設備投資が減少したことによって、ますます土地売却代金が経済の循環に戻らないことになった(金融機関に預金された土地の売却代金は設備投資に回わらず、国債に向かう他はなかった)。

    バブル崩壊後、なかなか政府はバブル潰し政策の転換を行わなかった。ようやく景気が落込んでから公共投資などの景気対策を行った。この財政政策と住宅建築促進策による住宅投資、そして輸出増によって当座の難局を切り抜けていた。

    今日の日本経済の混迷の原因は、依然大きなデフレギャップが存在しているために発生しているフローのデフレと、地価の下落が止まらなくなったことによる資産デフレである。さらにこの二つのデフレが互いに影響を与えていることも見逃すわけには行かない。

    地価は既に、バブル発生時より下がっているが、一向に下げ止まる気配はない。たしかに都心の超一等地の中には下げ止まった地点もあるが、これが全く他に波及しないのである。むしろ最近の空室率の上昇を見ていると、筆者は逆に、これらの下げ止まった地点も再び下がり始めるのではないかとさえ危惧している。日本の経済はまさに「危機管理」が必要な状態である。


  • 時価会計の導入
    筆者は、地価下落が始まった92年から、日本は「危機管理」が必要な状態に入ったと考える。しかし政府の動きはずっと鈍かった。特に不幸なことは、この頃に「政治改革」に代表される「改革」運動が始まったことである。このため経済政策は長い間空白状態に陥り、バブル崩壊に対応する政策が全て後手に回った。また政府も過去の失政を認める訳にも行かず、経済の失速を単なる、景気循環の一つであり、通常の景気対策を行っておけば良いという感覚であった。

    しかし日本経済は「危機管理宣言」を行う必要がある状態になっていた。つまり通常では行わないような政策が必要になっていたのである。しかし政府は、このような説明がないまま政策を実行しようとした。このため国民やマスコミから大きな反発を招いた。典型例が「住専」の処理であった。

    「住専」処理に投入された金額は決して大きくない。破綻した金融機関には既に18兆円の資金が投入されており、そのうち税金は10兆円である。さらに銀行は毎年巨額な業務利益を得ているが、不良債権処理のために税金を収めていない。この分は国が負担したことと同じことである。さらに銀行以外の企業も不良債権処理を行っていることを考えると、実質的な財政負担額は既に100兆円を突破しているのではないかと思われる。いずれにしても「住専」処理に投入された小さな金額が何故問題になったのか不思議なくらいである。

    銀行への資本注入など、「住専」処理以降も政府は通常では行わない政策を随分行っているが、その度にマスコミや国民から批難を浴びている。したがって政策も中途半端に終わっている。これも政府が「今日の日本経済が危機的状況にある」ということを説明しないことが原因の一つである。もし危機であるという認識が共有されていたなら、橋本・小泉政権が行った「逆噴射的財政政策」など絶対に行われなかったはずである。


    正直に言って筆者は、政治家や官僚がどれだけ日本の経済状態に危機感を持っているのか疑問である。危機的意識を持っているならば絶対に行われるはずのない政策が、次々に実施されている。代表例は「ペイオフの実施」である。そして「時価会計」「減損会計」の導入である。

    日本の企業は株式の持合いや地価が高いことを反映し、価格変動の影響を受けやすい資産の保有額が大きい。当然、「時価会計」「減損会計」が完全に実施したたなら、損益に大きな影響が出る。特に事業用資産に「減損会計」が適用されると大変である。売却予定がない工場や本社ビルも減損会計の対象になる。これは2,006年3月決算から全面的に導入予定であるが、問題は、早期に導入する企業が今年度の9月の中間決算から導入する可能性があることである。

    つまり問題のない企業は、今年の9月から「減損会計」を導入すると思われるのである。一方、問題のある企業は、とても早期に導入するわけには行かない。しかし早期導入しない企業は問題があると、市場から烙印を押される可能性がある。

    自民党の幹部も、ようやくこの「時価会計」「減損会計」の導入が大きな問題を引き起す可能性に気がついたらしい。彼等は「時価会計」「減損会計」の導入を延期することを言い始めた。議員立法で法律を改正しても、実施延期を実現させると意気込んでいる。さらに既に終わった今年の3月決算についても、長期保有株式の「時価会計」「減損会計」の導入を見送ることを主張している。

    しかし小泉首相はこれに冷ややかであり、金融庁もこの動きに懐疑的である。筆者も麻生政調会長達がどこまで本気なのか分らない。だいたい会計制度の改正が問題なら、もっと以前からいうべきである。「今頃何を言っているのか」という印象である。これも「ペイオフ」の時と同様に、問題が表面化してから「やっぱり俺が言っていた通りだ」というのが関の山のような気がする。


    筆者は、地価が暴落を始めた頃から、日本経済は危機管理状態に入ったと考える。したがって通常では行わない経済政策が必要であり、逆に平時に行う施策は吟味が必要と考える。特に後者の代表は「ペイオフ解禁」と「時価会計の導入」である。「ペイオフ解禁」についてはずっと本誌で取上げてきたので、ここでは省略する。ここで取上げる問題は「時価会計の導入」である。

    危機管理の観点から言えば、今日の日本の経済の状況で時価会計を導入することは危険である。地価が毎年下がり続け、下落が止まる様相がない。さらに日本の企業の多くは、既に余裕がなくなっている。今日、時価会計を導入すれば、債務超過になる企業が相当数出てくる可能性が強い。また債務超過まで行かなくとも、これに近い企業も多いはずである。したがって地価や株価の下落が止まらないなら、今のうちに土地などの資産を売っておこうという企業が出てくるのが必至である。

    つまり「時価会計の導入」がきっかけとなって、さらに土地などの資産の投売りが増えるのである。このような動きによって地価の下落がさらに加速され、いつまでたっても地価が安定しないことになる。実に無気味なことである。

    「時価会計の導入」がいくら世界の潮流と言え、これを安易に日本に導入することは考えものである。たしかに世界から資金の調達を行っている企業や、M&Aの対象になっている企業が、時価会計を導入することは理解できる。しかし大半の企業とっては、このようなことは関係がない。特に毎年地価が下落している異常な状態が続いている今日の日本で、「時価会計」の全面的な導入を急ぐ必要性は全くないと考える。


    大昔から、もちろんバブル期のずっと前から「時価会計の導入」を熱心に主張しておられた会計士がいた。数年前に故人となられたアーサ・アンダーソン(A.A.)の白鳥栄一氏である。しかし当時はこの人の意見に誰も耳を傾けようとしなかった。筆者は、むしろ当時こそ、企業経営者が資産の含み益を活かすかことこそ重要なことと思っていた。つまりその時代こそ、白鳥栄一氏の主張である「時価会計の導入」が必要と考えていた。

    ところが地価の下落がとまらない時代になって、手のひらを返すように、多くの会計士は「時価会計の導入」こそが正統と言い始めたのである。今頃なにを言っているのかと思われる。いかにも御都合主義である。むしろ今日のような危機管理下では「時価会計の導入」は極めて危険な行為である。



バブル崩壊後、デフレ経済からの脱却が必要なのにもかかわらず、逆噴射的な緊縮財政を行ったのが橋本・小泉政権である。この両者には重大な共通点がある。来週号ではこれを取上げる。

国債の利回りはなかなか上昇しない。さらに10年債に加え、20年債も仕手化している。日銀も8日に3,000億円の国債の買い切りを行っている。国債は完全にバブル状態である。たしかに資金の行き場がなくなっている。しかし本来の政策は、政府が国債を増発して、余剰資金を回収し、その資金で財政政策を行うことである。



03/4/7(第292号)「国債の管理政策」
03/3/31(第291号)「経済再生政策提言フォーラム」
03/3/24(第290号)「日本の有名経済学者達」
03/3/17(第289号)「波乱の株式市場」
03/3/10(第288号)「政府貨幣の理解」
03/3/3(第287号)「軽視される高橋是清の偉業」
03/2/24(第286号)「日本の清貧の思想」
03/2/17(第285号)「日本のデフレの原点」
03/2/10(第284号)「小泉首相の「もっと重要なこと」」
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03/1/20(第281号)「マネーサプライ政策の限界」
03/1/13(第280号)「データに基づく経済論」
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02/12/16(第278号)「零細企業・個人の借入金問題」
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