平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




03/4/7(第292号)
国債の管理政策

  • 国債市場の投機化
    今週号は、久し振りに国債の利回りを取上げる。国債に関心のない人には興味がないかもしれないが、重要なテーマである。異常な高騰を続ける国債については、微妙な時期でもあり、3月決算が過ぎるまで、コメントすることがはばかられた。

    ちなみに本誌は03/2/3(第283号)「スローパニック経済」で、『資金の国債へのシフトが続いている。10年国債の利回りは、98年10月につけた0.775%を抜いて来て、一時0.75%をつけた。筆者は、国債は一旦売られる局面がありうるとし、このメドを0.775%としていた。案の定、1月31日の金曜日にはやはり売られた。今後、続けて売られるのかどうか注目される。しかし資金調達コストが1%と言うことを考えると、金曜日の0.81%も異常な水準である。』とコメントしている。

    たしかに2月の前半に少し売られ、10年国債の利回りは0.85%くらいまで上昇した。しかし正直に言って、筆者は、一度はもう少し国債が売込まれる場面を想定していた。またいくら渾沌としたイラク情勢があるといっても、0.7%を切る今日の状態は行き過ぎと考える。


    国債の利息は固定している。たとえば額面100円に対して、年間1円の利息といった具合である。つまりこの国債は年利1%ということになる。しかし国債には流通市場があり、色々な思惑の人々が既発国債の売買を行っている。国債を買いたい人が多い場合には、国債の価格が上昇する。価格が上昇しても利息は確定しているので、この場合には利回りが低下する。反対に売りたい人が多い場合には、国債価格が下落し、国債利回りは上昇する。

    ちなみに新発10年国債で指標銘柄となっている248回債(表面利率0.7%)の4月4日の利回りは0.695%である。つまり今日10年国債を市場価格で買えば、年間の利息が0.7%にも満たないということを意味している。

    しかし国債の利回りは重要である。この流通市場で決まる利回りを参考に、次に発行される新発10年国債の利率が決められる。そしてこの利率が日本長期金利体系全般に影響を与える。具体的には長期プライムレートや住宅ローン金利などである。したがって国債利回りのことを長期金利と呼ぶ人もいる。


    ここで注目されることは、金融機関の資金の調達コストが1%くらいという話である。つまり今日国債を買えば、1%のコストで0.7%に満たない収益しか得られないのである。全くの逆ザヤである。

    ところで国債への投資は、利息を得ることに加え、国債価格の上昇期待が目的である。前者がインカムゲインで、後者はキャピタルゲインということになる。つまり今日の低金利の国債を買っている人々は、インカムゲイン面だけでの損益はマイナスでも、キャピタルゲインを得られれば良いと割切っていると考えられる。つまり投資家は将来国債価格が上昇し、利回りが低下することを予想している。実際、国債の利回りが0.8%くらいの頃に国債を買った人々は、短期間で利益を得ている。そして4月5日の金曜日に利回りが0.695%の国債を買った人は、さらに利回りが低下することを期待しているのである。つまり今日国債を買っているのは実に投機的な資金といえる。


    たしかに今日の日本の経済の環境を考えると、資金の行き場は限られる。設備投資は盛上がらず、住宅投資も最低水準で低迷している。米国の経済の先行きは不透明であり、海外にも有望な投資先がない。また銀行の持株を日銀が買っており、さらに買入れ枠を大きくしている。銀行が持株を日銀に売って得た資金の行き場がないのである。さらにさらに政府・日銀が継続して為替介入し、市場に潤沢に円を供給している。したがって消去法でこれらの余剰資金が国債に流れることは十分考えられたのである。さらに日銀が毎月1兆2,000億円の国債買い切りを行っており、値下がりリスクはそれだけ小さくなっている。

    つまり投機筋もここまでは、かなり自信を持って国債を買い進んで来たと思われる。しかし国債利回りの異常な低下にはもう一つの背景が考えられる。市場参加者の「小泉政権の政策に転換がない」という確信である。つまり国債を買っている人々は、日本のデフレ経済はこのままずっと続くと想っているのである。問題は、この判断が本当に正しいかどうかということである。バブル期にも、土地融資に励んでいた人々は、永久に日本の地価は上昇するものと同様なことを想っていたのである。


  • 国債買い切りの停止
    次に異常な国債の低利回りの国民経済への影響を考える。まず財政当局とっては、極めて低い金利で国債を発行ができ、こんな良いことはない。また借金の多い企業や、住宅ローンを借りる人にとっても低金利は助かる。一方、年金を運用している金融機関は、資金の運用先がなくなる。とても1%を割込む国債は買えない。さらに国債の利回りの低下に連動し、地方債や社債の利回りも低下しており、まともな投資家には、本当に運用先がなくなっている。

    さらに驚くことに20年国債や30年国債の利回りの低下はもっと激しい。筆者も上記の03/2/3(第283号)で『異常と言えば、20年債や30年債の利回りはもっと異常である。20年国債が1.2%台、30年物が1.3%台である。そのうち10年、20年、30年の国債の利回りがほとんど変わらなくなってしまう事態も考えられる。』と予想した。まさに予想していた事態が起っているのである。特に20年国債の利回り低下は激しく、現在なんと1.0%台まで利回りが低下している。さらに10年国債との利回り格差も、年初の0.6%から0.4%を切るまで縮小している。言うならば日本の長期国債市場は、まさに「鉄火場」になったのである。


    今日の長期国債市場から判断する限り、日本経済は向こう20年も30年も今日のデフレ経済が続くことになる。異常を通り越している。このような異常な長期金利の推移は、経済政策にも影響を与える。もし政府が、準備なしで積極財政に転換した場合、反動で国債の利回りが上昇する可能性が大きい。資金が国債から、設備投資や株式に流れるからである。場合によっては、暴落と言われるほどの国債価格の下落も考えられる。つまり国債利回りのことを考えると、安易に政策転換ができないのである。

    積極財政への転換によるデフレ脱却は望まれる政策である。しかし異常な国債利回りが足枷になる。本末転倒であるが、今日の異常な国債利回りを放置していること自体が、将来の経済政策の障害となっている。


    日本には昔から「国債暴落論者」がいる。彼等は「こんなに国債を発行したら、国債は暴落する」といい加減なことを言って、昔から積極財政を牽制して来た。しかし現実に起ったことは、全く反対に国債の暴騰である。今日、デフレ経済からの脱却を邪魔する論調を定着させたのもこの「国債暴落論者」達である。彼等は「実に卑怯な者」の集まりである。

    国債価格が上昇している時には、いつもこの「国債暴落論者」は黙り込む。しかし政府の経済政策が転換され、デフレ対策が行われ、一旦国債利回りが上昇の気配を見せると、彼等は必ず「国債の暴落論」を唱えるはずである。これがマスコミに乗り、積極財政を進めることを邪魔するのである。


    今日の0.7%は、投機筋が演出した極めて異常な利回りである。これが1%を越える水準に戻ることは、むしろ正常化への道である。しかしこのような動きに対しても、「国債暴落論者」達は「国債の暴落」と騒ぎだしかねない。しかしいずれ政府は積極財政に転換する必要がある。そのためにも、その時までに国債利回りは正常値に近い水準に戻っている必要がある。小泉政権の経済政策が転換する可能性はないが、半年のうちに政権が交代して、経済政策は大きく転換すると筆者は見ている。


    今日の異常な国債利回りが実現した理由の一つに、日銀の毎月行っている1兆2,000億円の国債買い切りである。どれだけ国債価格が上昇し、利回りが低下しても、日銀が機械的に毎月国債を購入しているのである。これこそ投機筋の思うつぼである。調達コストを大きく割込む0.7%を切る水準で、日銀が機械的に国債を買うことは問題である。まるで高値になった国債を日銀が買支えることになる。将来、国債価格が下落することは確実であり、その場合には国債価格下落による損失を日銀が一手に引受けることになる。

    市場は投機化しており、これまでのような方法で日銀が国債購入することが、投機筋の「えじき」になる。3月決算も過ぎたのであり、日銀は対応を改めるべきと考える。毎月の定額の国債買い切りを停止し、国債の利回りを一つの管理目標数値とすべきである。

    もちろんこのような政策変更は財政当局の政策にも関わる。しかし今が政策転換のチャンスである。そしてこれだけ大量の国債が発行されているのであるから、いずれ政府と日銀による国債の共同管理政策ということが必要になるはずである。これまでのように単純に日銀が国債を一定額購入しておれば良いという状況ではない。
    さらに情報管理の徹底が必要である。財政当局が日銀に、毎月の国債買い切り額を2兆円に増やすことを要請していたことが新聞報道されている。市場が投機化している今日、このような情報が洩れること自体が問題である。



来週号は、政府による「経済危機宣言」を取上げる。今日の経済の混迷は、92年からの地価の大幅な下落から始まった。本来ならこの時から政府は「経済危機宣言」を行うことによって国民の理解を得て、通常では行わない政策を推進すべきであったのである。





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