平成9年2月10日より
経済コラムマガジン

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01/12/3(第233号)
米国と中国の観念論
  • 米国の場合
    先週号で述べたように、日本では巷に「観念論」があふれ、色々な方面で問題を起こしている。中でも経済への影響は甚大である。観念論者は、適当な仮定(始めから決めてある結論に到達できるように適当でいい加減な前提条件を設けている)のもとでシミュレーションを行い、自分達の考えを正統化している。例えば、現在行われている構造改革を強力に押し進めれば、競争力が高まり経済成長率が高まるといい加減なことを言っている。

    しかしよく見ると経済諮問会議などで、彼等の言っている構造改革を行うことで達成されると言う経済成長率は、潜在成長率のことであろう。日本の場合、これまで大きな貯蓄率を背景に、過剰投資が行われており、常に実際の成長率より潜在成長率が大きいのが普通であった。つまり潜在成長率がどれだけ大きくなっても、需要がなければ、何の意味もない数値である。このように観念論者は数字まで使って、国民を騙すようなことをしている。

    この他、構造改革が進めば、老朽マンションの改築が進み、経済成長率が大きくなると言う分析まで見かける。これは分析を行っている者が「そのような(老朽マンションの改築が進む)気がする」と言うだけであり、はっきりした根拠があるわけではない。都市の再生計画と言っても、何も具体的な計画が固まったているわけではない。また神戸の震災の後や多摩ニュータウンや千里の団地の現状を見てもはっきりするように、老朽化した集合住宅の建て替えが簡単に行われるはずがない。もっと言えば、集合住宅の建て替えと構造改革とは全く別次元の問題である。このように観念論者はインチキなシミュレーションまで使って、国民に誤解を与えているのである。本当に観念論者達は国民をなめきっている。

    逆に需要があれば、どれだけでも経済は成長する(たしかに筆者もちょっと言い過ぎかもしれない。色々な方面のボトルネックがなければと言う条件付きと捉えてもらいたい)ものである。また今日の現実の経済成長のパターンにおいては、技術進歩による生産性の向上がポイントになる。技術進歩は、新しい設備に体化されており、新規の設備投資を行うことで実現する。つまり新しいヴィンテージの生産設備ほど生産性が高い。しかし需要がなければ、企業も新規の投資を控えるのである。例えば、需要低迷により日本のメーカは半導体への投資を控えている。したがって需要不足は、国内の設備投資と言う需要がなくなるだけでなく、設備更新による生産性の向上も阻害するのである。このように需要(消費だけでく投資の需要もない)がない日本は、ジリ貧になる経路を辿っている。つまり需給ギャップに悩む日本では、確実に総需要を減少させる構造改革政策は経済を成長させるどころか失速させる。


    今日、日本は、色々な分野に観念論者が跋扈し、悲惨な状態を生んでいる。さらに観念論者の代表のような人物が首相であり、支持率が高いと言うことである。つまり先行きが真っ暗である。
    前置きがちょっと長くなった。そこで世界でも同様なことがあるのか、観念論や観念論者の実態を見る必要がある。今週号ではとりあえず米国と中国の実状を取上げることにする。

    米国は、もともと観念論者が建国した国である。規律に厳しいピューリタンが本国の英国で迫害を受け、新大陸にやってきたのである。たしかに今日でも米国が、観念が先行する場面をしばしば目撃する。特に「自由」と「人権」、そして「民主主義」には神経質である。これらが阻害される場合には、どのような国にも干渉する。ミャンマーや中国への干渉は、はた目からも「やり過ぎ」と言う印象さえ受ける。

    しかし米国は大きな国であり、人口も日本の倍以上である。さらに移民の国であり、世界中が人々が集まってできた国である。そのような観念論だけで国がうまく運営されるはずがない。

    米国を理解するには、もう一つ重要な行動思想がある。「プラグマティズム」である。これがあるから米国は機能しているのである。原則と言うものを重視している米国であるが、むしろ時としてこの国は実に柔軟である。米国では、「司法取引」や「囮捜査」と言った、日本では考えられないことが当然のこととして行われている。航空機事故が起った時には、飛行士に免責を与え、事故の原因捜査を優先する。鯨は「かわいそうだから」食ってはいけないと言いながらが、牛ならどれだけ食ってもかまわないと主張する。ペイオフが行われているはずであるが、ちょっと規模の大きい銀行(日本の地方銀行より小さい)の場合には支援行い、破綻を回避している。数年前には、ヘッジファンドの救済まで行っている。拓銀や長銀を簡単に破綻させたように、観念論者の影響の強い日本とは大違いである。

    この他にも色々ある。ブッシュ大統領は、始めクリントン大統領が進めた中国とのパートナッシップを否定して登場した。したがって当初は偵察機の強制着陸問題など、色々と中国との間で軋轢があった。しかし同時テロが発生すると、一転して中国の協力を取り付けるために、中国との宥和政策に転換している。昔、ニクソン大統領がいきなり中国との国交を始めたのとちょっと似ている。このように原理・原則のはずの国である米国は、逆に極めて現実的な国家である。

    よく日本は「本音と建前が違う」と揶揄されるが、米国の方がずっとこの傾向が強いのである。このことは如実に経済政策にも反映する。米国は今年に入ってから、景気が後退した。すると政府と連銀は直ぐに需要政策に転換した。日頃、「規制緩和」「小さな政府」「供給サイドの強化」とエコノミストや政治家は口では言っているが、一旦不景気になれば、当然のこととして「金利の引下げ」「減税」「財政の支出」と言った需要政策を行うことを考えるのである。特に同時テロが発生後は、議会では「減税か財政支出か」の需要政策の議論が真剣になされている。日本のように「規制緩和」や「構造改革」で経済成長を行うと言う「ばかげたこと」を言っている者は皆無である。日頃の「規制緩和」以下の議論は、彼等にとってあくまでもファッションに過ぎないのである。こんなものを本気にしている者はいない。いつも戦争をしている国の人々は、実に現実的なのである。ちなみに同時テロ発生後は、日本以外の国は、全て需要政策に転換しているか、需要政策を強化している。


  • 中国の場合
    中国の場合、現実論と観念論の問題は切実である。元々中国は、「儒教」や「中華思想」に見られるように、長らく観念論の支配する国であった。ところが今日、経済成長で人々の暮らしが良くなっており、現実的な考えが重視されている。しかしいつまた観念論が台頭するか危ういのが中国である。特に国民の間で所得の格差が大きくなっており、中国政府が不満を持つ国民にどれだけ対応ができるか注目される。以前、本誌で述べたように、中国は高度成長にもかかわらず、地方の失業や低所得問題を解決することに失敗しているのである。建前が社会主義国である中国で、このような所得格差を放置しておけば、どのような反政府勢力が台頭するか分らない。中国政府としては第二次の文化大革命だけは絶対に避けたいところである。

    今日、別の方向で中国に観念論が台頭してくると、中国経済そのものが崩壊する可能性がある。具体的に言えば、「銀行の不良債権の早期の処理しろ」「銀行の経営陣は責任を徹底的に追求しろ」とか「財政の規律とか財政再建しろ」と言うちょうど日本で起っている観念論である。本誌で取上げているいるように中国における不良債権は莫大である(購買力平価で換算すれば、日本の不良債権など霞んでしまうくらい大きい)。これを解決するためと言って、企業の整理を急いだり、新規融資の審査を厳しくすれば、相当の企業が整理され、投資は急速に減少するはずである。

    中国政府の財政状況は正直に言って、筆者にはよく分らない。しかしものすごい公共投資や農業への補助金を見れば、中国の財政赤字は莫大なものと想像される。これを支えているのは国の借金のはずである。

    このように今日の中国は勢いだけで走っているようなものである。このような状況で、「中国にモラルハザードが起っている」とか「子々孫々に借金を残して良いのか」と言う日本ではやっている観念論が台頭してきたならば、中国経済は即「アウト」である。
    中国経済を支え、高度成長を実現しているのは、なりふりかまわない設備投資と中国政府の公共投資である。これが民間の消費不足を補い、高度成長を実現させているのである。

    中国の人々は、今日極めて現実的である。筆者は、これも観念論者が我が物顔で跋扈していた、文革時代の反動と見ている。少なくとも改革開放政策の恩恵を受けている人々にとって、今日の生活の方が確実に文革時代より良いのである。しかし中国は、歴史的に見れば観念論が幅をきかしていた国である。いつ何時もとのような「観念」の国になるか分らない。しかし筆者は、とりあえず2,008年の北京でのオリンピックが終わるまでは大丈夫ではないかと見ている。

    一つの懸念は「民主派」と言われている人々の台頭である。彼等は民主派と呼ばれているが、実態は我々の感覚とはちょっと違う人々もいると言うことである。より国家主義的な人々が民主派と称されている可能性が強い。尖閣諸島の領有権問題の時には彼等の国家主義的な行動は注目を集めた。彼等がもっと台頭し、実権を握るような事態になれば、日本にとっては中国がよりやっかいな存在になる可能性が強い。つまり今の共産党政権の方がよほどましと言うことである。


    19世紀以降、歴史的に見れば、近代化が進んだ西欧列強との接触は、日本を含め、アジアの国はほぼ同時期であった。その中にあって、日本だけは植民地支配を免れ、経済を成長させ、国力をつけることができた。筆者は、これは昔から日本人が柔軟な思考ができたことと、時の政権が現実的であったからと考えている。一方、他のアジア諸国は、どうしてもアジア的思考から脱却できなかったのである。具体的な例を一つ挙げれば、同族主義である。資本主義は、広く資本や人材そして知恵を集めるところに真髄がある。資本主義経済を取入れるためには、どうしても新しい思想体系が必要である。会社の経営者には、門閥にしばられることなく、それに向いた優秀な人材を抜擢する必要がある。明治維新後の日本だけは、それがどうにかできたのである。

    福沢諭吉が「脱亜入欧」と論したが、これは日本に資本主義を導入するには、どうしてもアジアにはびこる古い思想から脱却する必要性を示唆したものと理解できる。アジア的なもの、つまり儒教的な発想や門閥的な人材登用の否定である。まさに「天は人の上に人を作らず」である。そしてこれにこだわった中国や韓国の近代化は、日本にずっと遅れることになったのである。

    ところが今日の日本の状況は悲惨である。学歴主義はかわいいもので、政治の世界は、世間知らずの二、三世議員のオンパレードである。まさに門閥の復活である。また多くの企業では、いまだに縁故採用が行われてる。ちなみに「本田」は親子・兄弟の採用を行わないと言う話である。また役所によっては、採用時の成績の順番で将来の出世があらかじめ決まっていると言うから驚く。実際、今日の日本では、11才か12才で自分の将来がほぼ確定する。

    これでは現実論に根差したダイナミズミと言うものが萎えてしまう。そしてこのような現象が観念論を生む土壌になっているのである。また、日本が幸運にも長らく直接的には戦争には関わる必要がなかったことも、このような観念論がはびこる原因となっていると考える。ようするに平和ボケである。やはり現実論者が復権するためには、日本は一度「地獄」を見た方が良いのかもしれない。したがってこの際、現実論者(時には抵抗勢力と呼ばれている)は一歩下がり、小泉首相や民主党と言った観念論者の好きなようにさせる方が良いと考える。補正予算など、観念論者の延命に繋がるだけである。そのかわり、彼等が行っている政策で日本がめちゃくちゃになったら、今度こそきっちり「責任」を取ってもらうと言うことである。これが本誌が主張する「急がば回れ」である。中国への生産拠点の移転などを見ていると、そんなに時間は残されていない。



来週号は、小泉政権の構造改革(筆者の考える構造改革とは次元が違うが)を取上げる。

小泉首相のマスコミの捉え方が相当おかしい。はっきり言って、マスコミの取上げ方が実に気持ちが悪いのである。森首相の時と様変わりである。前首相の時は、はっきり悪意を持った報道がなされていた。このようにマスコミが世論に迎合すると同時に、世論を操作しようしていることが見え透いている。マスコミの体質は、戦前と一つも変わっていないのである。

株式税制の改正が行われる。預金から株式と言ったリスク金融資産に資金を移動させれば、経済が活性化できると言う考えが背景にある。特に長期保有の株式には、非課税や低減課税が適用されると言う話である。どうもドイツのまねらしい。反対に源泉分離課税は廃止と言うことである。

こういう政策こそが、現実を知らない観念論である。2年後、3年後どころか来年の株価も判らない。筆者は、かなり高い確率で、安くなる株が多いと予想する。経済が良くなる要素がないのである。かろうじて金融緩和とPKOで株価を維持しているのである。

ドイツではたしかに長期保有の株式に恩典を与えたことによって、株式の保有が増えたと言われている。しかしドイツで株式への資金流入が起ったのは、ITバブルが生成される過程で株価が上昇していた局面であった。毎日株価が上がるから、人々は預金を引出し、株式に投資したのである。今日、反対に株価が下落して、これが裏目になっている。

日本の会社の今からの動向は予断を許さない。最近、徐々に上場企業の倒産が増えてきた。来年は、もっと企業倒産が増えると考えるのが普通である。このような状況で政府が株式投資を促すような政策を行うことに疑問を持つ。
さらに証券会社の経営も今日非常に苦しい。2,3年後にいくつの証券会社が残っているか注目される。むしろ追い討ちをかけるような、源泉分離課税の廃止の方が証券界には大打撃となるはずである。


日本の金持は、諸外国の金持とかなり違う。徹底してリスクを嫌うのである。税制が変わったくらいで株式投資を始めるわけがない。

また日本では、構造改革派の人々は、間接金融から直接金融に変えることによって経済が活性化すると言っている。これこそ観念論である。実際、直接金融の方がずっとコストがかかるのである。むしろ日本では、土地担保とした間接金融の機能を復活させる政策が重要である。このためには地価の安定策が是非とも必要である。

構造改革派の観念論者の論法は、「日本人は背が低い。したがってバスケットボールやバレーボールには不利である。したがってこのような競技に勝てるようにするには、まず、肉体の改造が必要」と言っているようなものである。

筆者は、背が低いのなら、背が低いなりの練習と作戦を実行するべきと考えるのである。きゃしゃなイチローだって、メジャーでMVPを獲得したのである。これが現実論である。


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01/11/26(第232号)「観念論の台頭」
01/11/19(第231号)「中国通商問題の分析(その3)」
01/11/12(第230号)「中国通商問題の分析(その2)」
01/11/5(第229号)「中国通商問題の分析(その1)」
01/10/29(第228号)「経済政策の科学性」
01/10/22(第227号)「9月11日の以前と以降」
01/10/15(第226号)「カルロス・ゴーンと上杉鷹山」
01/10/8(第225号)「金融の量的緩和の終着駅」
01/10/1(第224号)「金融の量的緩和」
01/9/24(第223号)「「インフレ目標」と「調整インフレ」」
01/9/17(第222号)「対中国、WTOの特例保護措置」
01/9/10(第221号)「「生産性」と「セイサンセイ」の話」
01/9/3(第220号)「今日の日本経済の諸問題」
01/8/6(第219号)「支離滅裂な構造改革派」
01/7/30(第218号)「日本は建前の国に」
01/7/23(第217号)「日本を滅ぼす松下政経塾」
01/7/16(第216号)「戦略的パートナシップ」
01/7/9(第215号)「Let it be !」
01/7/2(第214号)「日本における起業」
01/6/25(第213号)「小泉政権の構造改革」
01/6/18(第212号)「需要があっての経済成長」
01/6/11(第211号)「深刻な中国との通商問題」
01/6/4(第210号)「中国の為替政策」
01/5/28(第209号)「中国との通商問題」
01/5/21(第208号)「消費の拡大策」
01/5/14(第207号)「消費不振の分析」
01/5/7(第206号)「小泉政権雑感」
01/4/23(第205号)「「IT革命」騒ぎの舞台裏」
01/4/16(第204号)「グリーンスパンのかかった二つ目の「罠」」
01/4/9(第203号)「グリーンスパンのかかった二つの「罠」」
01/4/2(第202号)「銀行の不良債権問題(その2)」
01/3/26(第201号)「銀行の不良債権問題(その1)」
01/3/19(第200号)「与党の緊急経済対策」
01/3/12(第199号)「自分の家の前の掃除」
01/3/5(第198号)「公共投資の経済効果」
01/2/26(第197号)「公共事業雑感」
01/2/19(第196号)「日本の経済政策の方程式」
01/2/12(第195号)「老人の貯蓄と経済(その2)」
01/2/5(第194号)「老人の貯蓄と経済(その1)」
01/1/29(第193号)「老人と貯蓄(その2)」
01/1/22(第192号)「老人と貯蓄(その1)」
01/1/15(第191号)「経済論議のポイント」
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