平成9年2月10日より
経済コラムマガジン

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01/11/19(第231号)
中国通商問題の分析(その3)
  • 中国のまばらな近代化
    先週号では、浦島太郎のように、世界に遅れて近代産業を取入れた中国は、経済の高度成長が続くにもかかわらず、日本が経験したような人手不足にはならず、一向に失業がなくならない。これは中国が新たに取入れた生産システムが、既に多くの工場労働者を必要としない、先進国のシステムだったことが一つの要因と筆者は考える。たしかに改革開放によって、経済が成長したことは近代化の成果である。国民所得は増えたが、中国政府にとって誤算がいくつかあった。失業が減らないこともその一つである。

    誤算の一つは近代的な工場が地方に積極的に進出しないことである。中国は、近代的な生産システムを取入れたため、沿海部の工場だけでも既に生産過剰になっている製品が多い。また現状において、工場用地や労働力が不足している訳では無い。企業にとって地方に進出するだけのインセンティブが感じられないのである。この点が高度成長期の日本と異なる。

    工場が地方に進出しないことは、色々な点で政府の予定を狂わせている。地方の多くの人々は、地方の主産業である農業にしがみつく他はなく、農業の大規模化による近代化を実施することができない。たしかに農業の大規模化による合理化は、日本でもうまく行っていない。日本の場合は、農地開放による小規模自作農家の誕生が障害になった。一方、中国の場合は、地方での雇用問題である。

    中国では、沿海部と農業が主要な産業となっている内陸部との所得の格差が大きい。一方、日本では昔から税金の収支は都会では揚超、地方では散超である。つまり都会でより多くの税金を集め、地方により多く投入している。さらに工場が地方に進出し、雇用機会を提供した。農家は、農業からの収入は知れているが、その他の現金収入を得ることができたのである。この結果、少なくともこれまでは都市部と地方の所得の格差は一定の範囲に収まっていた。

    中国の所得の格差は深刻である。建前上は中国は社会主義国にもかかわらず、極端な所得の開きがある。反体制的な気巧集団がいつも話題になるが、彼等の出身地は、主に産業の近代化が遅れた東北部である。このような状況にあるため、中国政府は農業に対して補助金を出しているが、これも限界がある。そしてこれ以上の所得格差の問題は深刻であり、政権基盤にも影響がある。

    先程述べたように、大規模化が遅れている中国の農業には競争力はない。特に穀物生産が弱い。しかし中国はWTOに加盟すると言う一種の賭に出たのである。これは国有企業や農業など、競争力のない分野へのショック療法になる。当然、農業への補助金などは将来問題になると思われる。


    中国の地方には郷鎮企業と言うものが点在している。しかしこのような企業の生産システムは、近代化以前のもので、とても沿海部の企業と競争にならない。これらが破綻することは目に見えており、これが地方の失業をさらに深刻にする。中国では消費できないくらいの製品の在庫がありながら、所得の低いこれらの地域には普及していない可能性が強い。このように中国は内部に大きな矛盾を抱えているのである。

    日本は、ネギなどの三品にセーフガードを暫定出動したが、中国の反発は大きかった。これはこれらの生産地が所得の低い地方であり、中国政府が過剰に反応したとも考えられる。ただ中国の農業は生産性が極めて低く、さらに「水不足」の問題もあり、日本にとってどれだけ脅威になるか今後見極める必要がある。

    農産物と共に、水産物の中国からの輸入も問題である。しかし水産物の輸入の問題は、どうやら一応ピークを過ぎたようである。ここ数年、中国からの水産物が急増していたが、最近では増えていない。この理由の一つは、中国人自身が海産物の消費を増やしたからである。特に所得が増えた沿海部の人々が鮮魚の消費を増やし、水産物の価格が中国国内でも上昇したのである。さらに水産資源の枯渇と言う問題に直面している。最近輸入が増えていたのは養殖うなぎである。

    このように水産や農業については、色々な制約がある。またこれらに対する保護政策と言うものは、どの国でもやっていることであり、国際的にはある程度は認められていると考えられる。つまりこれらには、交渉の糸口があると思われる。しかし問題は工業製品である。工業の場合には、特に制約条件と言うものがほとんどない。日中の工業製品における摩擦はこれからが大変である。


  • 中国の膨大な不良債権
    中国経済の発展は、表向きのはなやかさに反して、色々な問題点が指摘されている。例えば株式市場の透明性が問題になっている。また経済関係の法律の実効性の問題がある。担保や保証と言うものが全く当てにならないのである。特に借入金の返済がなされないケースが極めて多く、日本の企業にも被害が及んでいる。

    とにかく中国では、特に不良債権の発生が莫大である。2,000年に四大国有銀行が、傘下の資産管理公司に処理を委託した不良債権は1兆4千億元である。公定レートの1元を15円とすれば、21兆円である。しかし筆者流の購買力平価でカウントすれば(6倍に換算)、これは何と126兆円に相当する。さらに驚くことには、これだけ処理しても銀行保有資産の25%が今なお不良資産である。日本の銀行の不良債権なんて、中国の不良債権に比べれば「かわいい」ものに見えるほどである。

    不良債権発生の原因を、中国人の債務に対する考え方に問題があると言う意見はあるであろう。しかし筆者は、一番の問題は、中国国内の過当競争の結果、破綻する企業が無数あることと考える。国有企業の経営の行き詰りも当然考えられるが、新興企業の破綻も極めて多いはずである。
    携帯電話の在庫が既に過剰になっており、価格が暴落している話を先週号で紹介した。このように中国ではあらゆる物が過剰生産になっている。不良債権の原因である企業破綻の背景には、この過剰生産と過当競争がある。


    日本は土地のバブルが原因で不良資産を抱えているが、中国の不良資産は国有起業の破綻と起業ブームのバブル崩壊が原因である。ところで不思議なことに気が付く。世界一の不良債権大国である中国が、世界一の高経済成長を続けていることである。つまり日本で盛んに言われている、「日本の長期間の不況の原因は銀行の不良債権」と言うセリフがいかにいい加減かが分る。

    話はちょっとそれる。これについては、本誌でも01/3/26(第201号)「銀行の不良債権問題(その1)」、01/4/2(第202号)「銀行の不良債権問題(その2)」で「日本の長期間の不況の原因は銀行の不良債権」と言う説は、財政再建論者の言い逃れと指摘した。急に銀行の不良債権問題が不況の原因にクローズアップされたのは、橋本政権の財政再建路線が失敗し、金融不安が表面化した頃からである。このような主張を行ったのは、財政再建路線を強く推進していた人々である。当時、景気が急速に悪化し、マイナス成長になったが、これは橋本政権の財政再建策が原因ではなく、銀行の不良債権が原因と言い始めたのである。

    話は全く逆である。財政再建路線の政策が、景気を悪化させ、銀行の不良債権の処理を困難にしたのである。ところが今回の経済白書では、またも日本の経済スランプは銀行の不良債権が原因と言う愚かしい分析を行っている。筆者も詳しくは読んではいないが(どうせインチキな分析と思われるのであまり読みたくもないが)、そのうち取上げるかもしれない。

    筆者は、「日本の長期間の不況の原因は銀行の不良債権」と言う説を唱えている人々に、「どうして実質的に世界一の不良債権を抱える中国が、毎年世界一の経済成長を続けているのか」と問いたい。ちなみに日本も不良債権を抱えながら、96年度の経済成長率は先進国でトップであった。これは次年度に消費税の税率アップが予定されていたための、住宅などの駆け込み需要があったからである。このように今日の世界では、需要さえあれば、どれだけでも経済は成長するのである。

    それにしても今の内閣府(旧経済企画庁)が信用できない。堺屋長官時代は違っていた。経済予想は納得できるものであり、本誌も参考にしていた。経済成長率の予想も2年間はほぼ当たっている。しかし堺屋長官が交代してからはでたらめである。当初の今年度の経済成長率の予想は、プラス1.7%と荒唐無稽のものであった。本誌もこの数字は始めから相手にしていない。ここに来てなんとマイナス0.9%に大幅に下方修正している。もっとも筆者は、この数字も信用していない。筆者は、もっと悪くなると見ている。


    中国の話に戻る。中国が抱える経済問題は、ある意味では日本と共通している。まず銀行の抱える膨大な不良債権の存在が共通している。両国民の過少消費傾向、過剰貯蓄傾向と言う点でも似ている。輸出依存型経済と言うところも同じである。そして政府が不足する需要を政府支出(中国の場合は公共投資と農業補助金)で補っている点も同じである。

    中国と日本など世界各国が直面する経済摩擦を予想するには、今後の中国の産業政策が注目される。中国が第二次産業の強化しようとしているのははっきりしている。しかし既にかなりの製品は過剰生産となっているのである。当然、過剰な生産物は輸出することになる。米国が全て引き受けるなら問題ないが、これは無理である。したがって中国は、これまで輸出に依存していた周辺諸国にも余剰生産物を輸出することになる(既に行っている)。つまり中国と各国の貿易摩擦はかってない程大きくなるはずである。中国政府が、この摩擦の発生をどのように考えているかが一つのポイントである。

    日本の産業別就業構造では、第二次産業の比率がピークだったのは、1,970年から75年にかけての34%である。95年が31.6%であるから、現在は30%前後に落ちていると推定される。一方、第三次産業は60年当時38.2%であったが、95年で61.8%まで上昇している。ちなみに第一次産業は60年の32.7%が95年には6.0%まで下がっている。つまり第三次産業が第一次産業の減少分を引受け、最近では第二次産業から溢れた人々も引受けている形になっている。第二次産業の比率を国際的に見ると、日本とイタリアが同じくらいで、ドイツがちょっと大きい。一方、米国、英国そしてフランスが小さくなっている。ちなみに米国93年は23.3%である。

    先進各国は、時代とともに第一次産業と第二次産業の就業者が減り、その分第三次産業の就業者が増えている。筆者の関心は、中国の産業別就業構造が今後どうなるかと言うことである。なにせ日本の10倍の人口の国である。もし日本のピーク時と同じ比率まで第二次産業の就業者が増えれば、これは大変なことである。仮に生産性が日本の10分の1でも、日本と同じ生産額となる。そしてもし中国の生産性が2分の1まで追い上げてくれば、日本と同じ工業国が五つ増えることになる。この生産品が中国で全て消費されないとしたなら、残りの部分は輸出市場に回ることになる。一体どの国が自国の製造業を犠牲にしてまで、この中国製品のために市場を開放できると言うのであろうか。

    筆者は、中国が第二次産業、つまり製造業の振興だけで失業問題を解決することはとうてい無理と考えている。むしろ中国は、先進各国と同じように第三次産業の就業者を増やす方向に進むべきである。筆者は、中国の力の入れるべき分野は、公共投資と住宅建設と考えている。日本ではやり玉になっている住宅金融公庫などは参考になると思われる。

    今後10年間は、世界は工業製品の過剰問題が深刻になり、各国間の摩擦が大きくなると予想している。生産力を大きく増すのは、アジアでは中国であり、欧州では東欧とロシアである。さらにその後には、アジアではベトナムが控えている。これらの国は全て旧社会主義国である。これらの諸国が高度成長期の日本と同じように、工業化を行い、製品を輸出することによって失業問題を解決しようとしても無理があると思われる。当時は日本みたいな国が他にはなかったのである。

    今後生じる通商問題は、これまで経験したものと質が違うのである。これをこれまでのWTOの考え方、つまり関税や補助金の問題と言う捉え方ではとうてい対処できない。WTOの精神である「自由貿易こそ全ての国に利益をもたらす」と言う観念論的な幻想がむしろ邪魔になると思われる。日本と米国が昔行った「日米構造会議」みたいな場が、先進国と新興国の間に必要になると考える。筆者の結論を言えば、新興国が行うことは、まず内需の拡大である。国が豊になる方法は何も生産物を輸出することだけではないと言うことである。



中国との通商問題を今回は、3週間取上げてきたが、全てを言い尽くした訳ではない。来年も引き続きこのテーマを取上げることになる。来週号は最近とみに蔓延している「経済に関する観念論」を取上げる。

アフガニスタンの通貨の呼称はアフガニと言うそうである。このアフガニが米軍の空爆開始後、これまでに2倍に急騰したと言う話である。米軍の攻撃に関しては「苦戦している」とか色々言われていたが、この通貨の動き通りの結果になりそうである。
これとよく似た話を聞いたことがある。日本の株式市場は第二次対戦中も開いていた。開戦の頃には軍需関係の株が上昇したが、終戦が近付いた頃には、紡績や製糖など平和関連産業の会社の株価が上昇していた言うことである。感のするどい人はこれで終戦が近いことを悟ったと言うのである。まさに市場はリアリズムで動くのである。

「中国との通商問題」のテレビの取上げ方が非常におかしい。中国の為替操作についてはほとんど触れない。中国への生産拠点の移転と問題になっている逆輸入品急増の原因はこれである。日本と中国は公平な条件で競争しているのではない。

最近、中国への生産拠点の移転による日本の産業の空洞化について、これはむしろ日本への海外からの直接投資が少ないことが問題と言う奇妙な説が浮上している。原因は日本の規制などと指摘している。11月15日の日経の夕刊の「ニュースなるほど」と言うコラムであり、執筆者は日経の編集委員の実哲也氏である。しかしこれは問題のすりかえである。筆者もあまりにもばかばかしい話なので、切抜いておいた。ところが3日後、テレビに登場した竹中経済財政担当大臣は全く同じ内容の発言を行っていた。使っているグラフ・表も同じである。なんとインスタントな人物なのであろうか。

これだけ景気が悪いのに外国から投資が来るはずがない。日本の資金さえ10月一ヶ月の間に実に5兆円も海外に流出しているではないか。だいたい貯蓄過多の日本は、昔から外国からの投資の必要性は極めて低いのである。むしろ進出した外資が、競争の過酷さにいやけがして退出しているのが現状である。鳴り物入りで日本進出したBPも撤退を決めた。元々日本は、貯蓄過多を背景に資本過多の国である。「日本の規制」うんぬんが問題と言うのは、日本進出に失敗した外資系企業の責任者の言いそうなセリフである。

「中国との通商問題」をテレビで取上げる場合、よく企業の経営者が登場する。しかし企業の経営者は決して本当のことを言わない。中国の人件費が異常に安い原因は、異常な元の為替水準である。しかし彼等は、既に中国に生産拠点を持つか、もしくはこれから進出を計画している。これらの企業にとって元が高くなることは死活問題である。したがって彼等は、問題をはぐらせるため、口を揃えて「日本の政策が悪い。日本の教育が悪い。日本には人材がいない。日本のインフラのコストが高い。」ととうてい解決不能な問題点ばかりを指摘する。このような企業は、中国からの逆輸入によって一時的には利益を得るかもしれない。しかし筆者は、これらの経営者の人格を疑うほかは無いと考える。

テレビで、中国の為替がおかしいと思わずもらした企業経営者が一人だけいる。何と観念論者の集まりである経済同友会の幹部であるオリックス会長の宮内氏である。リース会社は、どこも中国でよほど酷い目に会っているのであろう。

テレビに登場する榊原慶大教授の発言が本当におかしい。ペイオフに関する発言が数年前と全く逆である。この人物は本当にあやしい。


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01/11/12(第230号)「中国通商問題の分析(その2)」
01/11/5(第229号)「中国通商問題の分析(その1)」
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01/10/22(第227号)「9月11日の以前と以降」
01/10/15(第226号)「カルロス・ゴーンと上杉鷹山」
01/10/8(第225号)「金融の量的緩和の終着駅」
01/10/1(第224号)「金融の量的緩和」
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01/9/17(第222号)「対中国、WTOの特例保護措置」
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01/8/6(第219号)「支離滅裂な構造改革派」
01/7/30(第218号)「日本は建前の国に」
01/7/23(第217号)「日本を滅ぼす松下政経塾」
01/7/16(第216号)「戦略的パートナシップ」
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01/7/2(第214号)「日本における起業」
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01/6/18(第212号)「需要があっての経済成長」
01/6/11(第211号)「深刻な中国との通商問題」
01/6/4(第210号)「中国の為替政策」
01/5/28(第209号)「中国との通商問題」
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01/2/26(第197号)「公共事業雑感」
01/2/19(第196号)「日本の経済政策の方程式」
01/2/12(第195号)「老人の貯蓄と経済(その2)」
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