平成9年2月10日より
経済コラムマガジン

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01/10/29(第228号)
経済政策の科学性
  • 公共投資と減税の波及効果
    先週号で、米国の経済政策が極めて合理的に決定され、実行されていることを述べた。一方、日本の経済政策は、一言で言えば「めちゃくちゃ」である。「デノミが効果あるのではないか」とか「政府所有の株式の転換国債」とかとにかく支離滅裂である。極め付けは「小泉ボンド」と言うアイディアである。小泉首相の人気乗った国債らしい。しかし何故首相が人気があるからと言って、国債を自由に発行して良いのかさっぱり理由が解らない。はっきり言えば、これらは全て、これまで「いい加減なこと」を言っていた経済学者やエコノミストの逃げ口上である。

    わずかな補正予算を組むことになった。この理由として同時テロが起こり、景気の先行きが悪くなり、これは想定外の出来事だからと言っている。しかし景気の急速な落込みは同時テロの前からである(4〜6月は、名目の成長率が年率で、10%以上のマイナスである)。また補正予算は国債発行の30兆円の限度内と言っているが、30兆円そのものが意味のないものである。単に小泉首相個人が言い始めた精神的な目標数字である。

    よく分らないのが、財務省が試算した今年度の税収の落ち込み額の1兆円である。GDPは4〜6月でさえも名目で10%以上のマイナスである。どうして税収の予想される減収がたった1兆円で済むのか理解できない。おそらく正しい予想をもとにすれば、30兆円の国債発行枠にこだわる限り、補正予算どころか、今年度の当初予算も減額すべき状況と筆者は考える。もはや 30兆円と言う数字は何の意味も持たない。このように日本の経済政策の一番の問題は、あまりにも「科学性」と言うものがないがしろにされていることである。そしてこの風潮は、思慮のないマスコミによって増幅されている。


    経済政策、特に財政政策の効果は事前に試算することができる。理論上は、政策額に乗数効果を掛けた金額が増える最終需要である。しかし、実際に増える最終需要の額は、波及過程に色々な漏洩(ろうえい)があって、理論上の乗数効果による計算値よりかなり小さい(しかし逆に短期では想定していない誘発需要が含まれる)。このため日本では、実際の経験値である波及効果と言うものを使っている。これには短期の概念である乗数効果では想定していない誘発需要による有効需要の増加も含まれる。

    財政支出の理論上の乗数効果は、貯蓄性向の逆数であり、貯蓄率が15〜20%の日本の場合、計算の上では5から6である。しかし実際の効果である波及効果は2くらいである。さらに減税の乗数効果は財政支出より小さい(理論上、減税の乗数効果は財政支出より1だけ小さい)。また理論上、乗数効果は瞬時に最終需要が増えることを想定するが、実際は3年間くらい時間をかけて末端まで波及する。つまり今だに、小渕政権の頃の積極財政の効果の名残が残っているものと解釈できる。

    経済企画庁の計量モデルによる波及効果の数値は次の通りである。
    名目GDP押し上げ効果
    所得減税公共投資
    1年目0.461.32
    2年目0.911.75
    3年目1.262.13


    この表は本誌の98/2/23(第54号)「日経新聞と経済を考えるーーその1」に使ったものである。つまり3年も前に発表された数字である。しかし不思議なことにそれ以降、このような数字を新聞で見かけることがなくなった。おそらく経済企画庁もこの数値を毎年算出しているはずなのに、新聞には登場しないのである。

    たしかにこの表を見れば公共投資が経済効果のあることがはっきり解る。さらに減税の効果が公共投資より約1だけ小さいと言う理論上の計算ともほぼ一致する。
    たしかにこの頃から「公共投資はもはや効果がない。公共投資をより減税だ」と言うキャンペーンを日経新聞を始め、マスコミがさかんにやり始めた。しかしこのような表を見れば、そのような話は「真っ赤な嘘」と言うことが一目瞭然である。

    いい加減なエコノミストとマスコミが一緒になった「減税」キャンペーンのお陰で、政府は景気対策として減税を行ったが、予想通り効果はさっぱりであった(この頃、本誌は、減税は止め、対策を全額公共投資に回せと主張していた)。つまり減税は単に財政赤字を大きくしただけである。そして最近では、公共投資などの財政政策そのものが効果がないようなことを言っているのである。効果がなかったのは、自分達が主張していたはずの「減税」の方である。


  • 今こそ科学的な経済政策
    とかく経済政策の効果に対しては誤解が多い。ブッシュ政権は減税を政策として掲げ、選挙戦を戦った。1兆ドルをはるかに越える額である(筆者の記憶では1兆3千億ドルくらいであったが、それ以降数字も変わっている。とにかく年間1千億ドルの減税を10年以上に渡り行う構想である)。しかしこれは本誌が以前から指摘しているように、決して大きな効果を生むと言うものではない。

    たしかに総額を見ると莫大な金額である。しかし内容を見ると、毎年1千億ドルの減税を続けることである。二年目以降に減税額を増やすと言う話ではない。これではこの減税の乗数効果・波及効果による最終需要の増加が望めるのは、初回の1千億ドルの減税の分だけである。つまりGDPの押上げ効果も初年度の減税によるものだけである。二年目以降の減税はこのGDPの水準を維持するだけである。この辺りが世間の誤解しているところである。二年目以降の減税もGDPの押上げ効果があると思っているのである。逆に、もし二年目以降の減税を止めた場合には、これは負の乗数効果・波及効果を生み、逆にGDPを押し下げることになるのである。

    そして先週号で述べた、米国の貯蓄率が毎年1%ずつ低下し、その分消費が増えたことが、どのように大きな経済効果を生んだか理解できるのである。つまり毎年ずつ10兆円の消費支出を増やしていったことが、ここ10年間の米国経済の好景気の背景である。これによって政府は軍事費などの財政支出を削減し、さらに財政の累積債務を減らすことができたのである。つまり日本のケイザイガクシャがよく言っている「規制緩和」や「IT」などは、米国の長い好景気とはほとんど関係がない。

    今日の日本では「バブル崩壊後100兆円の景気対策を行ってきたが、効果がなかった。もはや構造改革しかない。」と言った短絡的な妄言で満ちあふれている。まず本当に100兆円の景気対策を行ってきたのか、筆者には疑問である。しかし取り敢えずこれを事実として話を進める。100兆円と言うことは年間10兆円である。10兆円の景気対策は、波及効果により約20兆円の最終需要を増やす。20兆円の最終需要の増加は、GDPを4%に相当する。つまり成長率を4%押上げたことになる。しかしこれは初年度だけの効果である。二年目以降の、10兆円の景気対策としての財政支出にはGDPの押上げ効果はない。また次年度に景気対策を止めれば、逆にGDPを4%押し下げることになる。次年度以降の財政支出でさらにGDPの押上げようとするなら、財政支出をさらに増やす必要がある。

    例えば10兆円の景気対策を11兆円に増やすのである。しかしこの場合、11兆円の全部がGDPの押上げ効果を持つのではなく、10兆円から増額された1兆円だけが効果があるのである(米国の場合、貯蓄率が毎年低下することによって、毎年10兆円の消費が増え続けたのだからすごいことである)。ただしここまでの話は、理解されやすいように、財政支出された景気対策の効果がその年度内に波及し終わることを前提にした説明である。前段で述べたように景気対策の効果は3年以上かかって波及するので、現実に現れる効果は多少複雑である。

    名目はなんであれ、財政支出を削減することは、その分マイナスの乗数効果・波及効果を生む。「昨年10兆円の景気対策を行ったが、今年も景気に配慮して6兆円の景気対策を行う」と言っても、この場合、対策額が10兆円が6兆円になるのであるから、逆に減額分4兆円に対するGDPの押し下げ効果が発生する。景気対策額は、前年度を上回らなければ効果が生まれない。前年を上回った分だけが効果を生むのである。

    また財政支出が景気対策として効果を持つには、これが実際に支出される必要がある。日本には旧国鉄債務などの長期債務があり、これは毎年償却されている。この金額が一般会計に含まれているはずである。しかしこれはあくまでも償却費と言う費用の計上であり、実際の資金の流出を伴ったものではない。つまりこの分が増えても、GDPの押上げ効果は全くない。

    米国の減税にはもう一言付け加えておくことがある。当初のブッシュ政権は減税案は、減税の財源として税収増を充てることにしている。国債を発行して財源を作ると言うことではない。経済の成長による税収増と言っても、経済理論上は増税と変わらない。つまり増税になった分を国民に返そうと言う発想である。つまり増税して減税する訳であるから、結果として経済効果は中立である(もっとも厳密に言えば、貯蓄性向が大きい人々を対象に増税を行い、貯蓄性向が小さい人々に同額の減税を行えば多少経済効果はある)。したがって世間で言われているような、ブッシュ政権の当初の減税案で米国はさらに景気が良くなると言う話にはならない。
    ところで同時テロ発生により急激な景気の落込みに対して、ブッシュ政権は緊急減税を実行しようとしている。こちらの方は、国債の増発などの借入金で行うと言うことなので、その分効果はある。

    また増税額をそっくり減税しても経済的に効果がないことは説明したが、増税額をそっくり財政支出した場合には同額のGDPの押上げ効果がある。これは財政支出の乗数効果・波及効果の方が減税(増税)より1だけ大きいからである。日本では減税を行い、その分の財政支出を削減しろと言う主張がなされる。しかしこれを行った場合財政上は変わらなくても、乗数効果・波及効果の大きさの関係で、同額のGDPが減少することになる。


    「バブル崩壊後100兆円の景気対策を行ってきた」と言われるが、これは予算ベースの話と思われる。政府や地方が、どれだけ景気対策として最終的に支出したのか、実際のところは不明である。マスコミや世間は予算に関心があっても、決算には関心がない。

    これはちょっと古い新聞記事の引用である。第一生命経済研究所のリポートでは、92年〜97年の間に経済対策として打出された総額30兆円の公共投資のうち10兆円が未消化になっていると言うことである。これは工事の遅れや地方財政難によって、地方単独事業が実際には実施されていないからである。ちなみに99年度の地方単独事業は地方財政計画で19.3兆円であったが、決算ベースでは13.5兆円であった。つまり実際に実行された額は予算ベースより5.8兆円も減っているのである(これから分るように、実質的に小渕政権の後半頃から、既に国と地方を合算した財政は緊縮型に転換していたことがよく解る)。

    このように100兆円の景気対策と言っても、何の金額の合計が100兆円なのかさっぱり分らない。おそらく誰かが100兆円と言い始めたのであろう。つまりたとえばこの数字が予算ベースなのか決算ベースなのか、中味についても吟味が必要である。さらに先程から述べているように、日本では減税の経済効果は悲しいほどない。つまり減税額を景気対策から差引いた方が、景気対策の効果が分かりやすいかもしれないのである。また住宅金融公庫の貸出の増額による住宅建築費までも、景気対策と言っている可能性がある。政府や政治家が、景気対策をちゃんとやっていると訴えたいため、どうしても景気対策の金額を実際より大きく言うのが慣例になっている。しかしこれによって景気対策の客観的な効果が判らなくなっているのである。

    日本の場合、政府の発表する数字そのものの信頼が揺らいでいる。消費者物価指数、失業率などが実際の数字と乖離していることはよく知られている。筆者もこれらの数字の推移には注目するが、絶対な数値は信用していない。またGDP統計の消費には、帰属家賃(自宅の賃貸料)や政府提供のサービスみたいな金銭の授受が伴われない擬制的消費と言うものが大きなウエート(約3割)を占めている。これらが増えても景気には影響はないのである。これは国際的なGDP統計の標準であるが、景気動向の実態はGDPの推移だけで見ることはできないことを意味している。

    このように「100兆円の景気対策」や「今年度の税収減が1兆円」と言う、どこまで本当なのか分らない経済数値が実に多い。また国の財政についても実態がよく分らない。まず国の資産の額がはっきりしない。さらに国債の発行残高と言っても、日銀の引受け額や交付国債の取扱いが分らない。そして国債や地方債の発行限度についても、もっと科学的な見解が必要である。国債残高が増え続け、既に財政はパンクしていると言う話は25年以上も聞かされ続けている。しかし一向に国債発行による物価上昇や金利の高騰と言った弊害は現れていない。つまり実態はむしろ逆であり、物価は下落し、長期金利は下げ続けている。したがって理屈の上では、今日必要な政策は国債の増発であり、政府支出の増大と言うことになる。今日の経済状況は危機的である。今こそ科学的な経済対策が求められているのである。



来週号では、中国の問題を再度取上げる。

物事を表面的に見ているだけでは、実際のところが解らない場合がある。今日、米国とイスラム原理主義者が戦っている。しかしこれはイスラムの世界の現実派と原理主義派の戦いとも言えるのである。もし米国がイスラム原理主義者との戦いで負けるようなことがあれば、イスラム諸国のいくつかの政府は、イスラム原理主義者によって転覆させられる可能性が強い。米国もこれが解っているので必死である。

今の暮らしを少しでも良くしたいと思っているのが現実派である。一方、原理主義者は、経済の発展は所得の格差を生み、これまでの社会の秩序を乱すと主張する。原理主義者の主張は、皆平等に貧乏のままでいようと言うことである。よく考えてみれば、人間の歴史は、このように進歩的な人々と秩序を守ることが大切と考える原理主義者との戦いの連続であった。そして現実派が強い時があれば、原理主義者の方が強い時代もあった。

日本では「構造改革派」が進歩的で、これに反対するのが「守旧派」とレッテルを張られている。しかし「高速道路はもういらない」「2,3年景気が低迷しても良いじゃないか」と言っているのが「構造改革派」である。一方、「高速道路はもっと必要」「もっと経済の成長が必要」と言っているのが「守旧派」と言われている人々である。つまりまったく逆なのである。今日両者の議論を聞いているとますますこのことがはっきりして来る。

「構造改革派」が日本流の原理主義者であり、「守旧派」と言われている人々が現実派である。筆者も「構造改革派」を以前から紅衛兵と呼んできた。日経新聞などのマスコミはかなり以前からこの原理主義に染まっている。日経新聞の主張である「ペイオフの解禁」「早期是正措置の徹底」「公共事業反対」などは、どう見ても原理主義そのものである。そしてそのマスコミが持上げ、総理になったのがガリガリの原理主義者の小泉純一郎氏である。このように日本は既に原理主義者国家になっているのである。原理主義者には、どう言う訳か最初は民衆の盲目的な支持が集まるのである。問題は、原理主義者の一番の特徴が科学性の否定と言うことである。


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01/10/22(第227号)「9月11日の以前と以降」
01/10/15(第226号)「カルロス・ゴーンと上杉鷹山」
01/10/8(第225号)「金融の量的緩和の終着駅」
01/10/1(第224号)「金融の量的緩和」
01/9/24(第223号)「「インフレ目標」と「調整インフレ」」
01/9/17(第222号)「対中国、WTOの特例保護措置」
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01/7/23(第217号)「日本を滅ぼす松下政経塾」
01/7/16(第216号)「戦略的パートナシップ」
01/7/9(第215号)「Let it be !」
01/7/2(第214号)「日本における起業」
01/6/25(第213号)「小泉政権の構造改革」
01/6/18(第212号)「需要があっての経済成長」
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01/5/28(第209号)「中国との通商問題」
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01/4/16(第204号)「グリーンスパンのかかった二つ目の「罠」」
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01/2/12(第195号)「老人の貯蓄と経済(その2)」
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