平成9年2月10日より
経済コラムマガジン

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01/10/22(第227号)
9月11日の以前と以降
  • 経済のグローバリゼーション
    9月11日、ニューヨークなどで起った同時多発テロは、米国だけでなく、世界に衝撃を与えている。それ以降、人々の関心は、テロに対する報復作戦やアフガニスタンのタリバン政権とテロの首謀者への軍事行動、さらに米国などに対する、テロリストの再報復行動に移っている。

    同時テロの発生は、米国の社会や経済に多大の影響を与えた。米国人のなかには2,001年9月11日をもって世界の歴史が変わったと言う人もいる。つまり歴史が2,001年9月11日以前とその日以降で変わると言っているのである。

    このような表現を聞いたのはまさにテロ発生の当日である。時間を経て、例えば一年後にこのようなセリフを聞くのなら納得するのであるが、同時テロが発生した日にこのような表現が出ることに驚きを感じる。日本人にはちょっと実感できないのである。しかしひょっとすると、前々から米国人には、このような「日」がいつかは来るのではないかと言う予感みたいなものがあったのではないかと思われるのである。そしてそのような「日」がとうとう現実にやって来たと言う訳である。


    同時テロが発生した日をもって社会や経済が変わると言っても、変わると思われる事柄は人によって異なる。一つはこれまで押し進められていた経済のグローバリゼーションも、本当は虚構の上に立っていたのではないかと言う考えである。現代においては「生産物」と「人」は自由に世界中を移動する。世界的な企業はコスト競争に勝つため、部品を一番安く生産できる国から調達したり、コスト的に一番安い所に生産拠点を設けたりする。また所得の低い国々から人々が米国にやって来て、賃金の安いサービス業に従事する。これまでは米国の企業の経営者にとっては、あたかも世界の国々の境界線と言うものがないものと感じられていたのである。

    しかし一旦テロが起った結果、物や人の移動のチェックが厳しくなる。セットメーカは世界中に点在する部品工場からの部品の調達に苦労することになり、生産計画も縮小を余儀無くされている。移民政策も見直され、安い労働力の確保も難しくなる。保険料も高騰し、これが製品やサービスの価格にハネ返る。また世界中に進出した販売拠点も、その国の治安状況によっては、恰好のテロの標的になる。

    これまで夫々の国の経済は、なにか「安全」と言うことがあたかも「当り前」と言う前提で営まれていた。これを一歩進めた経済のグローバリゼーション化はもっと極端であり、世界中の人々が同じ価値観で行動するものと言う幻想の元で、コストの最小化を実現しようとしたものである。ところが郵便物でさえも安全でないと言う事態に直面し、米国一国の中の社会活動でさえ、決して安全と言うことはないことを人々は実感したのである。

    ところで経済のグローバリゼーション化の一種の行き詰まりと言う徴候は、これまでも色々な所に現れていた。つまり今回の同時テロの発生はこれのダメ押しと言うことになる。

    一つはコンピュータウィルスの猛威である。コストを最小にしようとしている、今日の世界中の通信システムも度重なるコンピュータウィルスの攻撃にさらされている。このコンピュータウィルスに対抗するため、本来コストが安いことが取り柄のはずの通信コストが大きくなる。この問題の一番の問題点は、次から次へとウィルスは形を変え、一向にこの問題は解決する様相がないことである。

    また狂牛病に代表される疫病の広がりも経済のグローバリゼーションに陰を落とす。このようなことが原因で農産物や家畜飼料の移動は制限を受ける。また特にある程度の生活レベルを達成した先進各国ほど、このような問題に神経質になり、騒ぎは実態以上に大きくなっている。

    経済のグローバリゼーションはたしかにこれ以外にも色々の障害を合わせ持つ。本誌がよく指摘する「中国の度が過ぎた為替政策」もその一つである。これによって中国の人件費がマレーシアの半分になっていると言う。そして企業は自分の儲にしか関心がない。この結果、企業はマレーシアから中国に工場を移転することになる。まさしくルールがあってルールがないのが、今日の経済のグローバリゼーション化の実態である。

    国際会議が行われると登場し、暴れ回るのがNGOである。「経済のグローバリゼーション化」に反対する彼等の行動には色々と非難がある。しかし今回の同時テロが起ってみると、今日進行している「ご都合主義の経済のグローバリゼーション化」には色々な大きな問題点があり、ある面ではこれを暗示した行動とも言えるのである。

    ご都合主義の「経済のグローバリゼーション」の代表は金融である。これはITと結びつき、資金が世界中をかけ回ることになった。資金は「利」を求めて動いているのである。しかし金融の国際的な自由化が、本当にどの国のどの人々にも利益を与えるものとはとても思えない。

    登記上は会社をタックスヘブンに置き、最小のコストを享受する投資ファンドも多い。会社によっては監督の甘い国では法律に抵触する行為を平気で行う。「経済のグローバリゼーション化」に乗って危ない国に多額の資金の貸付を行っても、IMFがその国に融資を行い、焦げ付きは回避される。たしかに世界に資金の流れを効率的にしているのも今日の金融であるが、一方では違法行為や道に外れた行動をしているのも金融である。金融関連の会社が多数入居しているビルがテロの標的になったのも象徴的である。


  • テロと貯蓄率
    前段はどちらかと言えば、「9月11日と言う日の以前と以降」にまつわる一般的な解説である。しかし筆者は、この日を境に米国にはもっと重要な変化が起ってくると考える。それは貯蓄率が大きくなる動きである。これは米国経済にとっては重大な出来事である。01/6/18(第212号)「需要があっての経済成長」で述べたように、筆者は、奇跡のような米国の10年間の好景気の原因は、米国国民の貯蓄率が毎年のように低下したことと考えている。

    90年代初頭には8%であった貯蓄率がマイナスになったのである。毎年約1%ずつ貯蓄率が低下したのである。逆に言えば消費率が毎年約1%ずつ増えたことになる。これは毎年約10兆円(これは筆者のラフな試算であり、8.5兆円と言う説を見かけた。いずれにしても莫大な数字であることは間違いない)の消費が増えたことを意味する。これは真水で10兆円の景気対策を毎年追加支出しているのと変わらない経済効果を持つ。さらに乗数効果、波及効果によって、最終需要はこの10兆円の数倍ずつ増え続けることになる。波及効果は日本では2.0弱であるが、消費性向の大きい米国ではもっと大きいはずである。つまり米国の毎年の経済成長率のうち3%くらいはこの貯蓄率の低下で説明がつく。これに人口の増加率を加えれば、過去10年間の米国の経済成長率のほとんどを説明することができる。

    米国の経済成長した原因には、「規制の緩和」など、的外れな議論が非常に多い。そして日本の経済学者やエコノミストは経済成長のためには日本も「さらなる規制緩和が必要」、あるいは「IT化の推進が必要」と意味のない言動を何年も繰返しているのである。
    今日、世界の先進国では、供給面のネックで経済が成長できないと言うことはまずない。需要さえあればどれだけでも経済は成長するのである。米国の10年間の経済成長がはっきりこれを示していると筆者は考える。


    次の問題は、何故米国の貯蓄率が低下したかと言うことである。これについては、前述の01/6/18(第212号)「需要があっての経済成長」でいくつかの仮説を提示した。「銀行に経営不安に端を発し、資金が株式市場に流れ、株高になった。この資産効果により消費が増えた」「夫婦共働きの増加である。いわゆるDINKSの広がりである。これによって失業に備えた保険としての貯蓄の必要性が低下した」「発展途上国からの移民や大きな出生率も消費にはプラスに働いた」などである。そしてさらにもう一つ「ソ連との冷戦の終了による米国民の精神面の解放」を挙げた。つまり米国の好景気も一種の戦勝景気の側面があると言う意見である。これはどちらかと言えば、筆者の独自の考えである。ただこの主張の弱い所は、実際に米国の貯蓄率が低下し始めたのは冷戦が終了し、しばらく経ってからである。むしろイラクとの湾岸戦争の後くらいからである。

    しかし今日、この最後に述べた仮説に再び注目している。同時テロが発生し、今後の米国民の貯蓄行動、あるいは消費行動にどのような影響があるのかを注目しているからである。

    第二次大戦後も、米国は数々の戦争を行って来ている。しかし米国本土が戦場になる可能性があったのは旧ソ連との戦争だけである。これに備え米国民は核シェルターを作り、ここに避難する訓練を行ってきた。現実として旧ソ連との戦争がなくなっても、人々の潜在意識の中では、旧ソ連の核にたいする脅威は消えていなかったはずである。本当に旧ソ連の核の脅威から解放されたのは、旧ソ連が崩壊してからと推察される。

    かって本土を攻撃されたことがなかった米国民にとって、9月11日の同時テロは、想像を越えたショックであったろう。そして自分の身に危険が迫ると言う状況では、人々が消費を控え、貯蓄に走ることは理解できることである。問題はこの影響が一過性のものであるかどうかである。たしかに貯蓄率が一時的に上昇するだけで、ほとぼりが冷めれば元に戻ると言うのなら問題は小さい。しかしテロと言うことになれば、見えない相手との戦争がずっと続くと言うことになりかねない。実際、生物兵器らしきものによるテロも続いて起っている。したがって米国の今後の貯蓄率の動向が注目されるのである。

    たしかに同時テロが起ってから、米国の消費は減り続けている。ただし減少幅は予想より小さいと言う声がある。またチェーンストア売上高指数も10月の第2週に0.1ポイントとわずかであるが上昇に転じている。しかし相手があることであり、またテロが発生するかもしれない。したがってこのような状況が続く限り、すくなくとも以前のような貯蓄率がマイナスと言う経済は無理と筆者は考える。


    米国において、貯蓄率が上昇することは、ある意味では経済の正常化の兆しである。貯蓄率がマイナスと言うのが異常だったのである。しかしいくら正常化への道とは言え、貯蓄が増え、消費が減ることは、米国経済にとって痛手である。ましてやITバブルが崩壊した後である。ITバブルが崩壊後、低金利政策と減税で消費の減少をなんとかくい止めていたのが、米国経済の姿であった。これに同時テロのマイナスの影響が加わり、とうとう消費までが減少に転じたのである。

    しかし米当局の動きは素早かった。緊急利下げに加え、軍事支出の決定、さらに追加減税を直ぐに決めた。政府のこの適切な行動を反映し、株式市場も下げ渋っている。おそらく経済実態はさらに悪くなると思われるが、その場合には米国政府は追加の経済対策を行うものと考えられる。米国の危機に対する行動は実に機敏で、現実的である。さすが第二次大戦後もいくつもの戦争を経験してきた国である。「構造改革の徹底」とか「銀行資産の厳格な査定が必要」と、大きく浮き世離れをしたアンポンタンな政治家が出しゃばっている日本とは大違いである。

    同時テロが起って貯蓄が増え、有効需要が大きく減ることが分ると、金融政策と財政政策を総動員して需要を創ろうとしている。議会の議論も極めて現実的である。共和党が財政政策の中心を「減税」にしているのに対して、民主党は「減税」では弱すぎるので公共事業などの財政支出を増やせと主張している。筆者は民主党の意見に賛成である。景気が後退する局面では、限界貯蓄性向は大きくなり、乗数効果・波及効果はどうしても小さくなる。したがって「減税」の需要創出効果は小さくなる可能性が強い。またこれについては、ガルブレースが同じことを言っていたのを本誌でも以前紹介したことがある。

    先週のテレビに登場したリチャード・クー氏は「クリーンスパン議長が、金融政策だけでは限界あるから、是非財政政策を急ぐよう議会関係者に働きかけている」ことを話していた。たしかにFRBの議長が財政政策を要請することは異例であるが、当局がそれだけ真剣と言うことが伝わってくる。

    一方、日本では、政府は財政政策を行わないからさらなる金融緩和を行えと言っている。日銀の方は現状でも十分金融緩和を行っていると言うだけである。つまり日本の当局は、実質的には何もせず、米国の景気回復をひたすら待っているだけである。このように日本と米国では、政策当局の行動に信じられないくらいの大きな違いがある。



来週号では、経済政策の効果を取上げたい。

読者の方から、当コラムの内容に「同感」と言うご意見をいくつも受取っている。反面、なかには政府の累積債務を問題にするご意見を頂戴している。累積債務問題は、今日よく「子々孫々への借金」とか「660兆円は一人当たりいくらの借金になる」と言った、どちらかと言うと情緒に訴えるようなやり方で議論がなされている。これには筆者も強い反感を覚える。むしろこれだけの巨額の国債を発行しているにもかかわらず、利回りが低下し続けていることの方に注目すべきである。つまり累積債務問題はもっと科学的に捉える必要がある。

本誌ではこの問題をこれまでも何回となく取上げてきた。しかし近々もう一度取上げるつもりである。その時には調整インフレとの関連で取上げることになる。

竹中経済財政担当相、自民党の岩崎氏、民主党の枝野氏がテレビに登場し、不毛な議論を得々と行っている。読者の方からのメールにもあったが、まさに日本人同士の「蹴り会い」の議論である。やり玉に上がっていたのは金融庁である。検査が甘いと言うことらしい。筆者もあまりのばかばかしさに途中で寝てしまった。日本は戦争を行わなくなり、平和な時代が続いている。しかしこのような時代には、現実を語る人々が煙たがれ、「観念論者」や「責任を他に転嫁する人々」、そして「言葉巧みな人々」が跋扈するのである。今週号で述べたような米国の当局の言動との違いにため息が出る。


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