- 日経ビジネスの中吊広告
「日本はまた沈む」。これは9月25日発行、日経ビジネスの中吊広告の見出しである。日経ビジネスにしてはセンセーショナルなタイトルである。副題は「2002年、国債暴落のシナリオ」である。しかしこの雑誌は年間購読で購入するものであり、本屋で中身の立読みができない。 したがって中吊広告のこれに続くタイトルから全体の内容を想像する他はない。どうも景気対策のために国債発行が膨らんでおり、これが原因で、近い将来日本の金利が急上昇し、国債の価値が暴落することを警告する特集と考えられる。
日経ビジネスだけに止まらず、日経新聞全体の論調が、景気対策としての財政支出に否定的であり、最近、その傾向が顕著になっている。「2002年、国債暴落のシナリオ」と言った扇動的な言葉使いがいたるところに目立つ。これらに執筆したり、意見をのべている者も変わり者が多い。前述の日経ビジネスでも、「この国を憂れう」と言うタイトルで小泉純一郎代議士や中前忠氏などが登場している。小泉氏は、「むかし陸軍いま国債、景気回復なんかあるはずがない」と言っている。氏はテレビでも同様の主旨の発言を繰返している。「国債を発行し、景気対策として補正予算を組んでも、効果はない。今は景気の方は我慢して国債の発行を控えるべき。」と主張している
中前忠氏は日経新聞にちょくちょく登場するエコノミストである。自分で経済研究所を創り、そこの代表になっている。氏は「クラッシュするしかない。景気対策中止こそ最善策。」と言っている。氏はこれまでも日経新聞で同様の論調の発言を繰返している。筆者は、氏の発言はばかばかしくて「論評にも値しない」といつも考えている。しかしばかばかしい反面、面白いので新聞の載った発言はよく切抜いてはある。ただ以前から何故このようなエキセントリックな考えのエコノミストが、日経新聞によく登場するのか、筆者は不思議に思っている。
両氏の考えはほぼ同じである。そして筆者は日経ビジネスの特集を読んではいないが、これから類推して、特集の全体の内容は想像がつく。端的に言えば4年前の財政再建論議と同じ論理である。
両氏の考えるように、国債の発行を止め、財政支出を大幅に削減すれば、景気は大きく落込む。ところが両氏は「それはやむを得ないことであり、むしろそれを乗り越えれば、強い企業や産業だけが生残り、日本経済の再生に繋がる。」と主張している。「日本経済の再生に繋がる。」は正しいとは考えないが、「国債の発行を止め、財政支出を大幅に削減すれば、景気は大きく落込む。」と言う点だけは、筆者も賛成である。 一方、世間には、長期金利の上昇を考えると、むしろ景気のためには国債の増発を伴う補正予算を止めた方が良いと言うエコノミストがいる。つまり景気のためには補正予算も止めた方が良いと言うのである。本当かどうかを別にして都合の良い論理である。 その点、小泉氏と中前氏は正直である。国債を増発するくらいなら、景気が悪くなってもかまわないと言う考えである。実に解りやすい意見である。
つまり筆者と両氏との意見の相違(かなり大きい)は、互いの前提条件の違いに根ざしていることが分かる。ここが重要なところである。人々が激しい議論をしていても結論が出ないケースが多い。この場合、双方が互いに自分達の主張の前提を明らかにしないまま議論している時が多い。このような議論の仕方では100万年間行っても、どちらが正しいかと言う結論は出ない。
議論を行う場合には、互いに自分の考えの前提にしていることを明らかにすべきである。どちらが正しいのかは、双方の前提が統計的、あるいは科学的に理にかなっているかを検証すれば簡単に分かるはずである。
例えば両氏の考えの前提は、政府は経済に介入すべきではない。介入しないことが、一時的に経済が大きく落込んでも、むしろ日本経済を強くし、日本経済を再生に導くと言う前提で話をしている。端的に言えば両氏は極端な「小さな政府」の熱烈な信奉者である。 一方筆者は、日本経済は現状でも十分強いと考える。問題は、国民の過剰貯蓄による需要不足である。したがって政府が行うことは、この不足を財政支出で補うことと考える。また日本経済が大きく落込んだでも、むしろ強い日本経済が再生すると言う両氏のような無茶な意見には賛成できない。日本の社会はとてもそのような状況に耐えられないと考える。
実際、両氏が主張するような経済政策を3年前「財政再建政策」と言う形で行ったではないか。日本は壮大な実験をやったのである。この結果、両氏の言うような再生どころか、経済はボロボロになったではないか。しかしいずれにしても、「小さな政府」論に対する反論は本誌のいたる所で行ってきているので、あえてここではこれ以上言及しない。
筆者と両氏とのもう一つの前提の違いは国債の増発と金利の関係である。両氏は、国債発行残高は限界にきており、これ以上の国債発行は金利の急上昇(国債の価格の暴落)を招くと主張している。一方、筆者は、前から本誌で主張しているように、貯蓄が過剰な日本においては、この程度の国債発行では急激な金利上昇は起らないと考えている。むしろ状況の推移によっては、一段の金利低下の可能性もあるとさえ考えている。両氏と筆者で、どちらが正しいのかを検証するのは簡単である。現実の金利の推移を見れば良いのである。
ほんの数カ月前には、「日銀のゼロ金利の解除」「国債の格付けの格下げ」「補正予算の策定」などによって金利の急上昇は必至と多くのエコノミストはあれだけ騒いでいた。たしかに国債の利回りは一時的に2%に近付いた。一見両氏の意見が正しいような動きであった。しかしそれ以降、国債の利回り低下し、現在はほぼ1.8%(一瞬1.8%も割込んだ)の水準に戻っている。「金利が急上昇する」と言う「デマ」を信じて国債を処分した金融機関は、今回も損をしたことになる。少なくとも今のところは、筆者の推測の方が正しいようである。 さらに最近数年の国債の利回りと財政赤字の関係でも同様の傾向である。財政の赤字の累計が増加しているのにもかかわらず、金利は低下傾向にある。つまり財政の赤字の増加ペースが国民の貯蓄増加ペースに追い付いていないことを示しているのである。
- 日経新聞の扇動的な体質
前段の日経ビジネスの特集の例に限らず、日経新聞は「扇動的」な論調を展開するケースが目立つ。同様に国債発行と金利上昇の関係では、9月28日付の「国債管理、正念場に」と言う記事も奇妙である。これによるとバーゼル銀行監督委員会は新たな自己資本比率を検討中で、これが導入される可能性がある。そして日本の国債の格付がもう一段階下がると、国債は「リスク資産」とみなされる。そうなると日本の銀行は国債の購入に慎重になると言う解説である。日経のこの記事は、新しい規制が行われると銀行が国債を「投売り」してくると言った印象を読者に与える。よく読むと実に「扇動的」な内容である。
ところで現在でもBISの銀行の自己資本比率の算出に際の貸出先の評価には、格付機関の債券の格付を使っている。しかし使っているのは毎回日本国債の格下げを行っているムーディーズのものではなく、S&Pの格付である。後者は日本の格付の変更は行っていない。当然、新しい規制が行われるとしても、採用されるのはS&Pの格付と考えられる。この記事の中では格付機関の具体名は出していない。しかし採用する格付機関によって結論は全く異なってくるのであり、この記事はまさしく読者をミスリードするのが目的とさえ考えられる。
また万が一日本の国債が「リスク資産」と見なされ、銀行が国債を売却したとしても、売却で得られる資金の行き場がないのである。したがって回りまわってまた国債を買うはめになるのである。銀行以外の主体がその国債を買い、銀行がそこに融資を行うだけである。つまりそれらの主体は国より安全と言う、とても奇妙な現象が起ることを意味する。
日経新聞のこのような「扇動的」な体質はなにも今に始まったことではない。一つの例は、4年前の「2,020年からの警鐘」と言う長い特集である。主な内容を簡単に述べると、「財政赤字を続けていれば、日本はとんでもないことになる。一刻も早く財政再建を行う必要がある。」と言ったものである。自分達に都合の良い数字と、関係者の意見の適当な一部をいたるところから集めて編集した特集である。つまり将来はこんなに暗いのだから、今から改革すべきと言うのである。当時、世間には同様のアジテーションが溢れていた。しかし筆者は、最も主導的な役目を果たしたのは、日経のこの特集と考えている。
このような「扇動的」な風潮にあったためか、各種の世論調査では、「政府」が取組むべき政策の圧倒的な一番は「財政再建」と言う結果になっていた。一般の国民だけでなく、企業の経営者のアンケートでも同様の結果であった。むしろ日経新聞を読む機会の多い後者の方が、日経に扇動されているとも考えられる。特に日本の企業の多くの経営者はサラリーマンである。そして企業の中で出世するのは、時流に乗りやすいタイプである。したがって企業の経営者の多くは、簡単に日経新聞に扇動されるのである。(今日なら脈絡なくIT革命と騒いでいるはずである。)
当時は、住宅投資がピークを迎えていた頃であり、その後の景気があやしくなってきた時期である。財政再建どころか景気対策がを考える時であった。ちょっと今日の状況に似ている。 そして最近、また日経新聞が今週号で取り上げた、「国債が暴落し、国債が紙屑になる。」と言う扇動的なキャンペーンを始めた。そしてこれまた時流に乗ることだけを考えているエコノミストが付和雷同を始めている。実に危険な徴候である。
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