- 日銀村の体質
以前本誌で紹介したように、日銀には独特の文化がある。日銀村では、公定歩合を一回上げると1勝とカウントし、下げると1敗と言われているそうである。例えば公定歩合を2回上げ、1回下げた日銀総裁の戦績は2勝1敗と言うことになる。したがって公定歩合を数多く上げた総裁は、日銀村の中では「名総裁」として後々まで語り継がれることになり、反対に下げるだけの総裁は「ダメ総裁」として日銀村では記憶されることになる。
今回、速水総裁が「ゼロ金利政策の解除」に異常に熱心なのも、こう言う事情が背景にあると思えば、理解しやすい。したがって金利を現在のようなゼロにしたまま総裁を退任することは、とても我慢できることではないのである。一方、今回の「ゼロ金利政策の解除」騒動では、総裁だけでなく、日銀の事務局もいやに熱心であった。しかし「ゼロ金利の解除」は来年以降、どんなに早くても秋以降のテーマと言うのが大勢の観測であったはずである。多くの人々は、あまりにも今回の動きは唐突であったと言う印象を持っている。これには何かがあると考えるのが普通である。先週号で話した短資会社の救済と言うことが、どうしても筆者の頭からは離れない。
どうも日銀は、やはり7月に「ゼロ金利の解除」を本気に行うつもりであったと考えられる。結果的にはこれを延期したが、この一番の理由は、各方面から意外なほど強い非難が噴出したことと考える。あまりにも「独立性」にこだわり過ぎるためか、日銀のメンバーは、他の者がどのように考えているか、あまりにも関心がなかったのである。閉鎖的な組織にありがちなことである。政策決定日が近づくにつれて、「ゼロ金利の解除」に対する風当たりが意外に強いことに日銀は驚いたのであろう。
一応、今回の「ゼロ金利の解除」延期の理由として、「そごうの破綻」を挙げているが、これが本当の理由とは考えない。むしろ対応に苦慮した日銀にとっては、「そごうの破綻」はまさに「渡るに船」であったと考えられる。ちょうど良い延期の口実ができたのである。しかし「そごう」に続く破綻は、この先もずっと続くと考えるのが普通である。これでは「ゼロ金利の解除」のタイミングがないはずであろう。 しかし解除を白紙撤回したのではなく、市場は「「ゼロ金利の解除」は8月以降」と日銀総裁も発言している。9月に出る4〜6のGDPの速報値も見る必要がないとまで言切っている。筆者には、この総裁はどうかしているとしか考えられない。そして結果的には、このような言動が一番まずく、最悪である。市場には、いつまでも「ゼロ金利の解除」が重しとして乗っている状態が続くのである。この影響もあってか、株式市場も解除延期決定の翌日に大きく下げた。
とにかく日銀は、金利以外の市場の動きを軽視している。三重野元日銀総裁なんかは、株式投資をしたことがないことを自慢にしていたと言う話である。また速水総裁が為替相場に鈍感であることは、本誌でも何回も指摘したところである。どうも為替や株価は、自分達の管轄外のことと考えているようである。一方、米国では、ルービン前財務長官やグリーンスパンFRB議長はウォール街出身であり、常に市場の動きを気にした言動を行っている。同じ金融当局でも、日米ではこのような大きな差があるのである。
日銀の言動からは、日本経済や日本国民に対する配慮は全く感じられない。日銀村の論理だけで政策決定をしようとしている。したがって彼等には常に「利上げ」のことしか頭にないのである。ところで筆者は、この様なこと自体は、半面しょうがないことと考えている。財政当局が常に財政の再建しか考えていないのと同じである。しかし財政当局に対しては政治が関与することができ、政策にバランスを取る手段がある。ところが、金融政策は「日銀の独立性の尊重」と言うことで、誰も口出しできない仕組みにしてしまった。これが大間違いであったのである。金融政策は、金利だけでなく、為替や株式市場を通じ、国民経済に大きく影響するようになっている。これに政治が関与できないのである。
今日の経済状況は、物価だけでなく、地価の動向を見極める必要がある。地価が依然下落しているところを見ると、利上げどころか一層の金融緩和が必要であると筆者は考えている。実に全く正反対の政策を日銀は行おうとしているのである。
- 中央銀行の独立性
日銀のゼロ金利政策の解除に対しては、内外から非難を集めているが、全ての人々が反対している訳ではない。不思議なことに、各国の中央銀行の関係者はむしろ理解を示している。ここが面白いところである。ところで中央銀行の関係者の中には、中央銀行のOBに加え、中央銀行出身のエコノミストも含まれる。この中央銀行のサークルの結束がけっこう固い。実際、たまに日銀に好意的な発言を耳にするが、発言している者が元日銀マンと言うケースが実に多い。 リチャード・クー氏はいつも適確な発言をしているが、こと金融政策については途端に歯切れが悪くなる印象がある。彼は、いつも景気対策には金融政策よりも、財政政策がより重要と主張する。彼はニューヨーク連銀の出身であり、これが発言に微妙に影響していると筆者は見ている。
筆者は、先進国の経済の大きな流れとして、今後金利が徐々に低下し、物価もそれほど上昇しないと予測している。実際、各国の物価上昇率は3%に満たない。一頃に比べれば、随分小さな数値である。これについては主に経済のグローバル化が影響していると考えているが、これ以上の言及はここでは省略する。 各国の長期金利も低下傾向にあり、米国ではついに長短金利が逆転した。これは世界的に金融資産が増えていることが原因と考えられる。世界の投資機会が資金が増えるほどには増加しておらず、資金の需要がそれほど大きくなっていないからである。特に先進各国は一部の例外を除き資金需要は小さい(このため欧州の資金は米国に流れている)。これを経済の成熟化現象の一つの表れと筆者は考えている。
物価が上昇せず、資金も余っていると言う状態がこれからもずっと続くとしたなら、各国の中央銀行はやること(利上げ)がなくなるのである。そしてこれが極端に表れているのが日本経済である。日本では、これに地価の継続的な下落現象が加わっており、まさにデフレ経済が進行している。
先進各国は経済は成熟している。経済成長率も発展途上国よりずっと小さい。ところで、経済の成熟化の点では、日本の先を走っていたはずの欧州の方が、最近では経済成長率が日本より大きく、物価の上昇率もプラスである。まさに日欧の逆転現象である。これはベルリンの壁の崩壊により、欧州市場が拡大した事が原因と考えている。またEUの進展もこの傾向を加速している。さらにユーロ安も欧州の好景気に寄与している。この結果、先進国の中で日本経済の不調だけが目立つことになる。つまり経済の成熟化においては、日本が先進国の中ではフロントランナーに押し出されたかっこうである。
しかし先進各国は日本を追い掛けるように、いずれ経済の成熟化が進行すると筆者は予想している。そこで今後問題になるのが、政府と中央銀行の関係である。世界には中央銀行が完全に政府の支配下に置かれている国もあるが、先進国においては中央銀行が独立性を保持しているケースが多い。今後、金融政策をめぐり、政府と中央銀行の関係がぎくしゃくするのである。 たしかに昔のように為替も実質的に固定相場であり、大量の資金が各国の間を動き回ることがなかった時代は、中央銀行は発行している通貨の価値の維持だけに徹すれば良かった。つまり物価だけに関心を持っていれば良かったのである。そしてインフレに常に目をやり、すきあらば利上げすることが中央銀行の働きであった。
しかし今日のように国際的な協調が経済にも求められる時代には、各国が夫々の経済政策に干渉し合うことが当り前になった。これには当然、金融政策も含まれる。今のところ、いつも世界からの非難の矢面に立つのが日銀である。莫大な日本の経常黒字にもかかわらず、常に利上げに動こうとする日銀の行動に各国から不信感がつのっている。
いずれ先進国で経済の低成長が定着し、失業がより重要な問題とクローズアップされれば、すきあらば利上げしようとする中央銀行特有の行動に、各国の政府は反発を強めると思われる。既に欧州でも欧州中銀の金利政策に各国政府の反発が強まっている。今後、中央銀行の独立性に、なんらかの歯止めを掛けようと言う意見が先進各国から出てくるものと筆者は読んでいる。たしかに中央銀行の独立性の弊害が各所に見られるのである。実際、中央銀行の独立性を高めた英国では、ポンド高で工場がどんどん海外に逃げ出している。
日本では、日銀法改正によって日銀の独立性を高めると言った、筆者の考えとは正反対のことを行ってしまった。一気に先週号で述べた「通貨庁の設立」とは行かないまでも、少なくとも金融政策に政府の意向が反映される形に持って行くべきである。あくまでも金融政策を含めた、経済政策全般に政府が責任を持つ形が必要と考える。
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