- 日経の編集委員
先週まで2週続けたペイオフ関連のテーマも今週で一応の終了である。 ペイオフにまつわる預金保険法改正案の内容が2月2日明らかになった。これにはちゃんと「例外的措置」も用意されている。ポイントとなる金融システム危機への備えとして、預金全額保護などの特例を認め、原則としてこのための財源は、預金保険料値上げによる民間金融機関の負担となっている。しかし財源を民間に求めるのは、あくまでも原則である。実際のところ、大手銀行が破綻する場合に、民間金融機関が行うことを承知するとは思われない。大体これまでの大手銀行の破綻に伴う、巨額な公的資金の投入を考えると、民間金融機関がとても負担できるはずがない。結局、政府が資金を提供し、預金の保護を行うものと考えられる。
ただしどの程度の金融機関の破綻に「例外的措置」が適用されるのか不明確である。さらに小さな金融機関の破綻の場合には、本当に預金の全額保護を行わなくても良いのか、とても難しい問題である。筆者は、このようにペイオフ解禁は、無用な動揺を脆弱な日本の金融システムに持込むだけと考える。ペイオフは、単なる延期ではなく、白紙撤回をすべきである。
ここから今週号の本論である。「ペイオフ解禁延期」については、マスコミ上で非難一色である。そこでまず、筆者が考える、このようなマスコミの論調の流れに大きな影響を与えた人物を取上げることにしたい。それは日経新聞の編集委員の藤井良広氏である。氏は特に日経の金融関係の論説を専門としている。藤井氏はペイオフ解禁が金融審議会で審議されている段階から、「解禁延期はけしからん」と論陣を張っていた。当時はそれほどペイオフ延期が話題にはなっていなかった。
何故、筆者が藤井氏に注目していたかと言えば、理由がある。氏が問題人物であるからである。昨年、金融機関の破綻処理に関して、日経を始め、マスコミの論調が変わったことをある週刊誌が取上げ非難を行った。筆者もこれについては、気が付き、本誌でも取上げている。その週刊誌は、その中心人物を日経の藤井氏と指摘していた。日経は、当初の「悪い銀行は潰せ」と言う論調から、「公的資金を投入しても銀行を救済しろ」と言う論調にみごとに変わったのである。
経過として拓銀は清算され、長銀・日債銀は国有化され曲がりなりにも今日存続している。その週刊誌は、日経においては、藤井氏の力が絶対的であり、彼の考えで日経の論調は決まると説明している。つまり藤井氏が論調を変えれば、日経の論調も変わるのである。
日経の論調が大きく変わったことは過去にもあった。住専処理の時である。以前はたしか「公的資金を投入しても、住専問題を解決しろ」と言っていたはずなのに、住専の処理スキームが決まりだした頃から、「預金もないノンバンクである住専の処理に国民の税金を投入するな」と日経は180度論調を変えたのである。筆者もこれには唖然とした。住専問題の処理はこれ以降混乱し、当時の新進党は国会での座込みまで行ったのである。しかし国が投入した公的資金は約6,800億円と、今日国が銀行に投入している金額に比べ、極めて小さなものであった。
筆者は、住専問題については、以前述べたように、よく処理スキームができたなと言う感想を持ったくらいであり、もちろんこの処理に賛成であった。日経を始めとしたマスコミが何故これに反対なのか理解できなかった。もっとも住専はほっておくと言う手段もあったかもしれないが、一旦処理をすると言うことになれば、公的資金の投入は避けがたい状況であったはずである。
住専に対する日経の論調の変化に、藤井氏がどのように関わっていたか今では不明である。筆者も当時編集委員や論説委員の署名を気にしていなかった。ただこの一件で日経を始めとしたマスコミに不信感を持ったのはもちろんのことである。
藤井氏は、日頃の論調から判断すれば、所謂「改革主義」の信奉者である。改革さえ行えば、経済はスムースに運営されると言う単純な思想である。つまり「悪い銀行は潰せ」と言うのが本来の考え方のはずである。それが公的資金を投入しろと持論を変えたことで、週刊誌から名指しで攻撃されたのである。本人もショックだったと思われる。したがって今回のペイオフ騒動では、必要以上に改革派的発言を行っていたとも考えられるのである。
ところが、ところが、藤井氏のペイオフに関するスタンスが最近またしても微妙に変わって来ているのである。ペイオフ解禁を延期したこと自体より、金融審議会や行政当局などの対応のまずさへの非難に変わってきたのである。筆者は、藤井氏も今日の日本で予定通りペイオフを行えば、とんでもない事態になると言うことに、ようやく気が付き始めたのではないかと考えている。
- マスコミ界のオピニオンリーダ
筆者は、日経の藤井氏が日本の経済政策、とくに金融政策に関するマスコミ界のオピニオンリーダの一人と考えている。彼が「右」と言えば、ほとんどのエコノミストは「右」と答えるのである。そして藤井氏がペイオフ延期を非難し始めると、多くのエコノミストが同様の論調でこれを非難し始めた。ところがこれらの非難の全てが、論理的に非常に幼稚なのには驚かされる。ここでそれらのいくつかを紹介したい。
K大学のT教授は、ペイオフ延期により、経済再生の軌道が狂うとペイオフ延期を非難している。彼がメンバーとなっていた「経済戦略会議」のシナリオでは2,001年までに不良資産の処理を終え、2%の潜在成長軌道に復帰することになっていたと言うのである。例えば大手銀行は、ペイオフ解禁を念頭に財務体質改善を加速させつつあったのに、ペイオフ延期はこれに水を差すものであるとも言っている。たしかに大手銀行では、公的資金の資本注入に加え、合併や提携が進められ体質改善が行われている。しかし現状では決して十分ではない。
ところでミサワホーム関連の情報センターの調査によれば、昨年12月1日時点の大都市圏の地価は前年に比べ依然下落している。一部に安定傾向が見られるが、全体では下落が続いている。問題はその下落率が前年と比べほぼ横這い、あるいは若干拡大していることである。政府の財政による景気対策が行われ、住宅減税も行われたのにもかかわらず、地価の下落が依然続いているのである。昨年筆者は、地価の動向は安定すると予想していたが、現実は違ったのである。これは企業がリストラにより資産の売却を予想以上に進めていることが原因と思われるが、今のところはっきりしたことは分らない。これについては本誌でもそのうち取上げたい。
したがって銀行がどれだけ合理化しても、担保不動産の価値が下落しているので、その効果が吹っ飛んでいる可能性が強いのである。地価の下落の原因が企業のリストラなら、これはまさに合成の誤謬、つまり個々の企業が合理化に努めれば、却って経済全体では沈んでしまうと言う図式である。つまりT教授の言っているようには、大手銀行も改善は進んでいないのである。これがかろうじて表面化しないのは株価が上昇しているからである。実際、格付機関の格付も一向に上がらない。格付には色々問題があることは承知しているが、現在の格付はしょうがないと考えられる。
T教授は、「経済戦略会議」のシナリオを取上げ、ペイオフ延期を非難しているが、一体誰がこの会議の結果について気にしていると言うのか。筆者も「経済戦略会議」には全く興味がなく、本誌でも一度も取上げたことはない。会議に関する新聞の切抜きが1枚あったが、昨年暮の掃除でそれも捨ててしまった。世の中の受け止め方も似たり寄ったりであろう。景気も厳しい状況になってきており、先が不透明である。今頃、「経済戦略会議」のシナリオを取出しての非難は、T教授の思考の幼児性を表わしているだけである。
ペイオフ延期に対する非難は他にもひどいものが多い。ペイオフ延期を強く進めた亀井政調会長の地元には信組があり、これからの圧力だと言う説もあった。信組なんて全国どこにでもある。また、いつものように「選挙目当て」と言う非難も多かった。程度の問題はあるが、政治家が選挙を意識して行動するのは当り前ではないか。選挙を無視するなら、それは独裁政権である。
また2月4日の日経の匿名のコラムには「2,001年のペイオフ実施」と言う目標は国民の支持を得ていたと言う表現があった。しかし本誌でも強調してきたように、国民の多くはペイオフの実態を正しく理解していない。そのような状態でのアンケート調査の結果にどれだけの意味があろうか。また国民のペイオフの知識がその程度と知りながら、このような強引な論理の展開を行っているのなら、この匿名コラムを書いている者の人格がむしろ問題になろう。
色々とペイオフ延期に関しての非難を見たが、一番ひどかったのは、1月15日の週間東洋経済の冒頭の匿名の社説である。「愚策」として題して、ペイオフ延期を攻撃していたが、内容は支離滅裂であった。ただ最後に「国民の利益に反してペイオフ延期を決めた与党には、選挙で報いよう」と結んでいた。昔の学生運動のアジ演説より程度の低い扇動的な文章であった。
このように日経の論調は各方面に大きな影響を与えている。最終的には世論形成にも深く関わっているのである。筆者は、今回のペイオフ延期への非難騒動の震源地も日経と考えている。なお、筆者は、藤井氏以外でも日経の何人かの編集委員と論説委員に現在注目している。
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