平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




00/1/17(第146号)
有力エコノミストの対談
  • 対談の要旨
    日頃、時間的な余裕がなく読み損ねていた月刊誌を、年末年始にかけてまとめて読んだ。その中には、当コラムにも取上げるのが良いと思われる題材がいくつかあった。その一つが、今週号で取上げるポール・クルーグマン教授とリチャード・クー氏の対談である。これは文芸春秋11月号に掲載されていたものである。この対談の題名「日本経済、円高は悪魔か」から分かるように、昨年の夏場からの一段の円高傾向を受けての企画と思われる。しかし論議の大半は、今後日本政府が採るべき経済政策、つまり景気対策の方法について費やされていた。
    14ページにわたる対談の全てをここに掲載することは無理なので、まず両者の発言のポイントを筆者なりにまとめ、それを簡単に述べることにする。

    リチャード・クー氏
    企業や個人のバランスシートは、バブル崩壊に伴って相当傷がついている。このような状態では、今日の低金利でも、人々は債務の返済を優先し、投資は伸びない。したがって現状では金融政策だけでは限度がある。したがってバランスシートの改善が済むまで、大胆な財政出動により景気の下支えを行うべきである。

    ポール・クルーグマン教授
    当分財政支出による需要の喚起も必要であるが、これにも限度がある。また日本は現在深刻なデフレの状態である。そこで今一番必要なのは大胆な金融の緩和である。

    まず日本の経済の深刻な現状については、両者の認識は一致している。また日本の経済は流動性のワナにかかっており、金利政策の有効性が失われていることについても両者の意見はほぼ一致している。
    しかしそれに対する政府が採るべき政策について、両者の間に大きな相違が存在するのである。リチャード・クー氏は一段と大胆な財政支出を、そしてクルーグマン教授は、金融政策の有効性が小さくなっていることは承知しているが、一段と大胆な金融の緩和を柱にすべきとそれぞれ主張している。特にクルーグマン教授は持論の「調整インフレ」の必要性を強調している。

    日本においては昔から、不況時の景気対策について何を重点に行うかがいつも議論になった。ちょうど両者がここで議論しているようなことが、日本ではこれまでも何度となく論争のテーマとなったのである。
    従来は、日本の経済が金利の動向にあまり敏感に反応しない体質にあり、景気対策の柱はやはり財政政策と言うのが一般的であった。たしかに最初に機動性に富む金融政策、例えば公定歩合の引下げが行われが、これはこれから景気対策を行うと言うアナウンスメント効果となるが、本格的な景気対策は予算の執行を伴う財政政策であった。
    例外的なのは、プラザ合意以降の円高不況時の景気対策である。当時、財政再建に固執する財政当局は、財政出動による景気対策をある程度渋った。その分金融政策の負担が大きくなり、これがバブルの原因ともなった。

    両者の主張には大きな違いがある。これは両者の日本経済の現状の見方が異なるからと筆者は考えている。つまり議論する上で、両者が想定している前提条件に違いがあるからである。リチャード・クー氏はこれ以上の金融緩和は無効と考え、財政政策に重点を置くべきと考えている。一方、クルーグマン教授は、たしかに日本は流動性のワナにかかっているが、人々が想像する以上の大胆な金融緩和を行えば、必ず効果があると考えている。そして財政政策だけでなく、日銀の一段の金融緩和が必要と主張しているのである。

    両者の議論は、この一点、つまりこれ以上の金融緩和が効果的であるのかどうかで白熱する。バランスシートの改善が済むまで、どれだけ金融緩和を行っても、準備預金が積み上がるだけで、実体経済には影響を及さないとリチャード・クー氏は主張する。これに対してクルーグマン教授は、全ての企業や人のバランスシートがバブルで傷ついた訳ではないのだから、金融の量的緩和は必ず効果があると反論する。さらにこれに対してリチャード・クー氏は、土地などの資産価格の下落が続いている現状では、余裕のある者も投資を控えており、どれだけ金融緩和を行っても、資金需要はないと反論する具合である。


  • 筆者の感想と意見
    両者の議論は、他に為替動向や米国の日本の経済政策に対する姿勢などにも及んだが、これらの具体的な内容については割愛する。ところで両者のような有力なエコノミストの議論に、筆者ごとき者がコメントするのはおこがましいと承知しているが、筆者にも若干の意見があり、それらをここで述べることにしたい。

    どちらの考えが正しいかと言えば、筆者の考えでは、それはリチャード・クー氏の方である。まさに正論である。しかし両者の考えを同時に実現する方法もあると筆者は考える。大きな財政支出を行い、それに伴う国債を日銀が直接引受けるのである。これにより財政政策による需要の増加と、仲介機能が不全になっている銀行を飛び越え、市中に資金を供給することが同時に実現するはずである。しかしリチャード・クー氏は国債の日銀引受けの可能性については、どうも触れたがらないようである。筆者は、国債の大量発行と言うことになれば、どうしても日銀引受けと言う話が浮上してくると思われる。筆者は、リチャード・クー氏がニューヨーク連銀、つまり中央銀行の出身と言うことが影響し、どうしても中央銀行による国債の引受けと言う事態に抵抗があるのではないかと考えている。

    ところで先週号でも述べたように、小渕政権の経済政策への風当たりが急激に強くなっている。これに呼応して、橋本政権下で財政再建を推進した者まで、色々なメディアで小渕政権の経済政策を非難し始めているのである。したがって残念ながら、筆者にも正しいと思われるリチャード・クー氏の主張する財政支出だけを中心にした政策が、今後実現する可能性が極めて小さくなったと考える。新年度の予算案が景気対策として中途半端なのも、このような「空気」に、政府自体が既にかなり支配されている影響と考える。

    このような状況では現実的に、効果については未知数と思われるが、クルーグマン教授が主張する金融政策を推進する他はないのではないかと考える。つまり正しいのはリチャード・クー氏の政策であるが、実行性まで考えると、クルーグマン教授の政策に軍配を上げざるを得ないのである。教授が主張するように、経済の浮揚に有効と思われる政策は取りあえず行うべきと言う前向きの考えにも、筆者は賛成である。現在の日本の経済の状態はちょっと過去に経験のないものである。このような状況下においては、「財政支出の縮減」とか「ペイオフの実施」と言った明らかに景気にマイナスとなる政策を除き、有効と考えられる政策をまず実行してみることが大切である。

    昨年の後半から日銀の頑な姿勢に対して、内外から非難が集中した。その影響もあってか、日銀の政策も少し様相が変わってきた。2,000年度問題の関係で、各国の中央銀行は年末に市場に潤沢な資金を供給した。そして年始にこの問題がクリアされたのを確認した後、市場にダブついている資金の引揚げに入った。日銀も同様に資金の引揚げを行ったが、そのペースを各国に比べ遅くしており、実質的な金融緩和を行っている。このことが為替動向にも微妙に影響を与えているらしく、多少為替も円安で推移している。以前、日銀は一段の金融緩和は市場に資金がダブつくだけで効果がないと主張していたはずである。しかし、金融緩和を続ける姿勢を示すことによって、市場心理に影響を与えることもあるのである。

    つまり教授の発言のように、効果があると思われる政策は次々にやってみることも必要と言うことである。筆者が本誌99/11/15(第139号)「金融のさらなる量的緩和」で述べたように、機能不全に陥っている銀行を飛び越えて直接市中に資金を供給する方法も色々と検討すべきと考える。

    筆者には、ポール・クルーグマン教授は、米国において対日の経済政策要求に関わるオピニオンリーダ的な存在と思われる。日本の経済政策対しては、米国政府高官だけでなく、有力経済学者までもクルーグマン教授と同様の主張をしている。サミュエルソンやソローは日銀による長期国債の買いオペの増額や直接購入まで主張しているのである。


    両者の対談でちょっと気になったことを少し述べることにする。一つは、クルーグマン教授の発言から、日本の銀行が機能不全に陥っている現状をあまり理解していないのではと言う印象を受けたことである。このため両者の間の議論がちょっと噛み合わないところがあった。一方、リチャード・クー氏の主張している「92,93年はまだインフレでデフレは97年から始まった」と言う意見には異義がある。筆者は、これについて日本経済の場合は、資産を含めて物価の動向を見るべきと考える。そして地価が92年度から下がり始めているのであるから、日本は93年頃から既にデフレ経済に入ったと考える。またリチャード・クー氏が構造的な円高の原因を市場の閉鎖性としていたことに対して、即座にクルーグマン教授はこれを否定した。教授は、この原因を日本が大きい経常収支の黒字を続けていることが、円の保有が将来の大きい収入を期待させるからと指摘している。これについては教授の考えが正しい。

    ところで両者は、日本は流動性のワナにかかっていると意見が一致している。しかし筆者は、これには全面的に賛成することができない。立軸に名目金利を採った場合と実質金利を採った場合、さらに土地などの資産価格の動向を加味した実質金利を採った場合によって、それぞれ流動性選好線の形状が変わってくるからである。これについては別の機会に述べることにする。

    最後に、筆者の感想を述べたい。まずこのように日本経済の再生について、真剣な議論を行っているのが、両者とも米国人と言うことである。一方、日本のエコノミストは「ペイオフの延期はけしからん」など、まことに間抜けたことばかり言っているのである。さらにこのような価値ある対談が、経済の専門誌ではなく、文芸春秋と言う総合雑誌で行われていることである。日本はどこか狂っているのではないか。



来週号では「ペイオフ実施の延期」を取上げる。筆者は「ペイオフ実施の延期」自体はたいしたことではないと考えていた。むしろこの程度のことが何故今日問題にされているのか、そちらの方が興味がある。


普通の電話を使うインターネット電話。市外一律3分20円、携帯電話へも割安。音質も良好。


00/1/10(第145号)「新年度の経済を見通す」
99/12/20(第144号)「為替の話あれこれ(その1)」
99/12/13(第143号)「中堅以下の企業のリストラ」
99/12/6(第142号)「大企業のリストラ」
99/11/29(第141号)「商工ローンと日本人」
99/11/22(第140号)「あやしい常識」
99/11/15(第139号)「金融のさらなる量的緩和」
99/11/8(第138号)「為替変動と日銀」
99/11/1(第137号)「ニセ札とインフレ」
99/10/25(第136号)「もう一つの実質金利の実体」
99/10/18(第135号)「もう一つの実質金利」
99/10/11(第134号)「もう一つの調整インフレ」
99/10/4(第133号)「日銀の独立性(その2)」
99/9/27(第132号)「日銀の独立性(その1)」
99/9/20(第131号)「社会的欲求と日本経済」
99/9/13(第130号)「欲求と日本経済成長の関係」
99/9/6(第129号)「日本経済と欲求の限界(その2)」
99/8/30(第128号)「日本経済と欲求の限界(その1)」
99/8/9(第127号)「エコノミストの格付け(その3)」
99/8/2(第126号)「エコノミストの格付け(その2)」
99/7/26(第125号)「エコノミストの格付け(その1)」
99/7/19(第124号)「規制緩和と通産省」
99/7/12(第123号)「供給サイドの経済学」
99/7/5(第122号)「インターネットと日本経済(その2)」
99/6/28(第121号)「インターネットと日本経済(その1)」
99/6/21(第120号)「銀行員とリスク(その2)」
99/6/14(第119号)「銀行員とリスク(その1)」
99/6/7(第118号)「銀行のバブル期の行動」
99/5/31(第117号)「日本の銀行とリスク」
99/5/24(第116号)「需給ギャップと景気回復」
99/5/17(第115号)「経済の構造改革」
99/5/10(第114号)「サマータイムと日本人」
99/5/3(第113号)「地価動向と景気回復」
99/4/26(第112号)「お金持ちとリスク」
99/4/19(第111号)「日本のお金持ち」
99/4/12(第110号)「寡占と所得の分配」
99/4/5(第109号)「寡占市場の話」
99/3/29(第108号)「完全競争市場の話」
99/3/22(第107号)「独占市場の話」
99/3/15(第106号)「本誌の経済予想とその間違い」
99/3/8(第105号)「景気の現状(99年春)」
99/3/1(第104号)「立派な社会と景気回復」
99/2/22(第103号)「現代の日本経済と投資」
99/2/15(第102号)「需給ギャップと投資」
99/2/8(第101号)「99年度の経済を見通す」
99/2/1(第100号)「公共投資の将来を考える」
99/1/25(第99号)「今後の景気対策を考える(その2)」
99/1/18(第98号)「景気の見通しを考える」
99/1/11(第97号)「今後の景気対策を考える(その1)」
98/12/28(第96号)「不況の原因と消費税減税を考える」
98/12/21(第95号)「米国経済の光と影を考えるーーその2」
98/12/14(第94号)「米国経済の光と影を考えるーーその1」
98/12/7(第93号)「自自連立政権を考える」
98/11/30(第92号)「公共投資と経済を考えるーーその2」
98/11/23(第91号)「緊急経済対策を考える」
98/11/16(第90号)「公共投資と経済を考えるーーその1」
98/11/9(第89号)「「空気」を考えるーーその2」
98/11/2(第88号)「「空気」を考えるーーその1」
98/10/26(第87号)「景気対策論議を考える」
98/10/19(第86号)「為替レートの今後のトレンドを考える」
98/10/12(第85号)「経済の「あいまいさ」を考えるーーその3」
98/10/5(第84号)「経済の「あいまいさ」を考えるーーその2」
98/9/28(第83号)「経済の「あいまいさ」を考えるーーその1」
98/9/21(第82号)「為替レートのトレンドを考える」
98/9/14(第81号)「バブルの清算と公金投入を考える」
98/9/7(第80号)「公金投入の整合性を考える」
98/8/31(第79号)「政治と経済の混乱を考える」
98/8/10(第78号)「今回の不況の原因を考える」
98/8/3(第77号)「新政権の人事を考える」
98/7/27(第76号)「小淵新自民党総裁誕生を考える」
98/7/20(第75号)「橋本総理退陣を考える」
98/7/13(第74号)「マスコミの驕りを考えるーーその2」
98/7/6(第73号)「マスコミの驕りを考えるーーその1」
98/6/29(第72号)「参院選と経済を考える」
98/6/22(第71号)「為替介入の背景を考える」
98/6/15(第70号)「橋本総理と円安を考える」
98/6/8(第69号)「日本の金融を考える」
98/6/1(第68号)「経済への関心を考える」
98/5/25(第67号)「世論と経済政策を考えるーーその2」
98/5/18(第66号)「世論と経済政策を考えるーーその1」
98/5/11(第65号)「アンケートと経済政策を考える」
98/5/4(第64号)「今回の景気対策を考える」
98/4/27(第63号)「消費の限界を考えるーーその2」
98/4/20(第62号)「消費の限界を考えるーーその1」
98/4/13(第61号)「恒久減税を考える」
98/4/6(第60号)「今回の自民党の景気対策を考える」
98/3/30(第59号)「米国の対日経済要求を考える」
98/3/23(第58号)「新日銀総裁の就任を考える」
98/3/16(第57号)「今回の不況の深刻さを考える」
98/3/9(第56号)「日米の景気対策を考える」
98/3/2(第55号)「日経新聞と経済を考えるーーその2」
98/2/23(第54号)「日経新聞と経済を考えるーーその1」
98/2/16(第53号)「貸し渋りと景気を考える」
98/2/9(第52号)「政治と経済を考える」
98/2/2(第51号)「官僚と経済を考える」
98/1/26(第50号)「「小さな政府」を考えるーーその3」
98/1/19(第49号)「「小さな政府」を考えるーーその2」
98/1/12(第48号)「「小さな政府」を考えるーーその1」
97/12/22(第47号)「需要不足の日本経済を考える」
97/12/15(第46号)「景気の現状と対策を考えるーーその8」
97/12/8(第45号)「景気の現状と対策を考えるーーその7」
97/12/1(第44号)「京都会議と経済を考える」
97/11/24(第43号)「景気の現状と対策を考えるーーその6」
97/11/17(第42号)「景気の現状と対策を考えるーーその5」
97/11/10(第41号)「景気の現状と対策を考えるーーその4」
97/11/3(第40号)「景気の現状と対策を考えるーーその3」
97/10/27(第39号)「景気の現状と対策を考えるーーその2」
97/10/20(第38号)「景気の現状と対策を考えるーーその1」
97/10/13(第37号)「市場の心理を考える」
97/10/6(第36号)「公共事業とマスコミを考える」
97/9/29(第35号)「リクルート事件と経済を考える」
97/9/22(第34号)「ロッキード事件と経済を考える」
97/9/15(第33号)「住宅と貯蓄を考える(その2)」
97/9/8(第32号)「住宅と貯蓄を考える(その1)」
97/9/1(第31号)「労働組合と経済を考える」
97/8/25(第30号)「競争時代の賃金を考える」
97/8/18(第29号)「米国経済の生産性の向上を考える」
97/8/11(第28号)「米国の景気を考える(その2)」
97/8/4(第27号)「米国の景気を考える(その1)」
97/7/28(第26号)「内需拡大と整備新幹線を考える(その2)」
97/7/21(第25号)「内需拡大と整備新幹線を考える(その1)」
97/7/14(第24号)「香港返還と中国経済を考える(その2)」
97/7/7(第23号)「香港返還と中国経済を考える(その1)」
97/6/30(第22号)「日本の米国債保有を考える」
97/6/23(第21号)「投機と市場を考える」
97/6/16(第20号)「規制緩和と日米関係を考える」
97/6/9(第19号)「ビックバンと為替を考える」
97/6/2(第18号)「内需拡大と公共工事を考える(その2)」
97/5/26(第17号)「内需拡大と公共工事を考える(その1)」
97/5/19(第16号)「金利と為替を考える」
97/5/12(第15号)「規制緩和と景気を考える」
97/5/5(第14号)「為替の変動を考える」
97/4/28(第13号)「日本の物価と金利を考える(その2)」
97/4/21(第12号)「日本の物価と金利を考える(その1)」
97/4/14(第11号)「日本の土地価格を考える」
97/4/7(第10号)「当マガジン経済予測のレビュー」
97/3/31(第9号)「日本の株式を考える」
97/3/24(第8号)「たまごっちと携帯電話を考える」
97/3/17(第7号)「政府の景気対策を考える」
97/3/10(第6号)「オリンピックと景気を考える」
97/3/3(第5号)「為替レートの動向を考える(その2)」
97/2/24(第4号)「為替レートの動向を考える(その1)」
97/2/17(第3号)「日本の金利水準と為替レートを考える」
97/2/10(第2号)「国と地方の長期債務残高を考える」
97/2/1(第1号)「株価下落の原因を考える」「今後の景気動向を考える」

日常的に起こる経済問題をトーク形式で解説
日頃忙しいビジネスマンへのオンラインマガジン