経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
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16/8/29(905号)
吉川教授と竹中教授の討論

  • 「日本国債」というテーマの特集

    お盆前、日経新聞に「日本国債」というテーマで5回ほどの特集が組まれた。連日掲載された記事(文章)は、いつもの日経の論調のものばかりであり極めて陳腐であった。例えば「日本国債はそのうち買われなくなり、国債価格は暴落する」「日本はいずれハイパーインフレに襲われる」といった全く根拠のない話ばかりである。

    あまりにも内容がないので、これらの記事は切抜いてもいない。「まだこんな嘘を言っているのか」といった感想を持った。ただ特集の最初の日、8月7日にはこの特集の関連で、一面全部を使って吉川立正大教授と竹中平蔵東洋大教授へのインタビュー(日経奥村茂三郎経済部次長が司会者)という形の討論が掲載されていた。これが今日の日本の経済論壇の典型的な見解と捉え、今週と来週はこれを取上げる。

    吉川教授はガチガチの財政再建派の代表であり、竹中教授は一応構造改革派の論客ということになる。竹中氏は構造改革によって経済を成長させ税収を確保すると主張している。ただ竹中氏は、何故か異常にプライマリーバランスにこだわっている。


    結論から申すとまさに「どっちもどっち」という言うことである(下品な表現を使えば「目クソ鼻クソの戦い」)。まず「日本の財政は大丈夫か」という質問から始まった。これに対して「余命何年という危機意識を持たなければならない(竹中)」「財政破綻ががいつ来るか言えない、危機が訪れれば数日で金利が高騰する(吉川)」といった具合である。

    両者とも「財政危機」とか「財政破綻」という言葉を極めて安易に使っている。しかし例のごとく何をもって危機とか破綻と言うのか全く何も示さない。ちなみに他の論者には、日銀が国債を買い始めるだけでも「財政破綻」と言っている者がいる(つまり日本は既に財政破綻しているということになる・・日本の経済論壇にはこのような大バカ者ばかりいる)。この重要で根本となるところを省略して議論を進めるなんて、最初から真面目に議論を行う気がないのである。

    特に吉川氏は「日本の債務残高のGDP比は最悪」という例の財政再建派の常套句を繰出す。しかし彼等は、日本政府が一方で莫大な金融資産を保有していることについては決して触れない。このようなところが財政再建派が信用されない所以である。


    消費増税延期に関しては両者の意見は異なる。「消費増税はやるべき(吉川)」と「消費増税は必要であるが、その前に成長戦略の実行や歳出改革による経済成長が必要(竹中)」といった具合である。まず吉川氏は論外であり、一方の竹中氏は順番(増税の前に成長の方が先)が大切と一見もっともらしい。

    ただ竹中氏は経済成長が必要といつものように言っているが、中味が薄い。なぜか3年以上も経つのに、成長戦略が何も成果を上げていないことを認めようとしない(岩盤規制といった言い訳は既に通用しないだろう)。歳出改革とはAという歳出をBの歳出に組み換えれば経済が成長するという例の話と筆者は解釈した(むかし流行った経済理論)。しかし本誌で何回も言ってきたように、額が同じならAからBに歳出を変えてもGDPの押上効果に違いはほとんど出ない。まだ今頃になってこんなファンタジーを語っている者がいるなんて驚きである。


    この議論の中で「税の弾性値はほぼ1、つまりGDPが1%増えれば税収も1%増える(吉川)」「GDPが1%増えれば税収は3〜4%増える(竹中)」と両者の見解に大きな相違が出た。ところがこのような重要な話をそのままに放っておいて、彼等は議論を先に進めている。このようなことを続けるから日本の経済学者は信用されなくなる。

    筆者は、GDP(横軸)と税収(縦軸)の関係は累進構造の影響で下に凸の放物線を描くと考える。したがって一次微分の値が「正」であるだけでなく、二次微分の値も「正」になる。つまり経済活動が活発になり経済が成長すれば、均衡値は右側に移動し税の弾性値はどんどん大きくなると考える(反対に経済活動が低レベルなら弾性値も小さい水準に止まる)。したがってこの経済成長が必要という点だけは筆者は竹中氏に近い(ただし竹中氏の経済成長の方法論は話にならない)。


  • 日本の経済学者が相手にされないのは当然

    両者の意見が大きく異なったのが、消費増税の影響である。「消費は増税後何年ももたついているのだから、他にも原因を求めるべき(吉川)」と「軽減税率のない日本での消費税負担は大きい。アベノミクス第一ステージで国民所得は30兆円増えたが、3分の2は政府が吸い上げ財政再建に使った(竹中)」といった具合である。率直に、筆者はこの点では竹中氏の見解が正しいと考える。

    話は橋本政権下での97年の消費増税まで及んだ。「消費増税によって、その後むしろ税収が減った(竹中)」と「税収が減ったのは所得減税と金融危機によるマイナス成長のせいであり、消費増税は原因ではない(吉川)」と見解は割れた。この二人の説に限らず、消費税の経済への影響に関しては様々な仮説が出ている。

    最近聞いたのは「消費者は税率10%を既に見越した消費行動をとっているため、近年消費が低迷している」といったものである。しかしこれも単なる仮説であり実証されたものではない。実証されていないのだからこれらの仮説は慎重に扱われる必要がある。ところが経済論議において、仮説に過ぎないのにあたかも証明された経済理論のように使われるから混乱を招いている。


    筆者は、消費低迷の原因を所得の低迷と竹中氏に近い見方をしている。まず経済循環において増税は需要の漏出である。しかし消費増税は単に増税の一つであり、仮に所得増税や法人増税であってもほぼ同じ結果が出ていたと筆者は考える。

    14年の消費増税という大きな漏出があったにもかかわらず、逆に財政支出という注入を減らした(補正予算の対前年度比で大きな削減)。これらによって大きな需要不足が起き国民所得も減り消費が低迷していると筆者は見ている。つまりこの点だけは吉川教授の「消費は増税後何年ももたついているのだから、他にも原因を求めるべき」は皮肉にも部分的に正しいと言える。


    マクロ経済を見る場合は「経済循環における注入と漏出」を考えることが重要である。財政(歳出と税)の他にも、設備投資、住宅投資、輸出・輸入などによる注入や漏出を考慮することが必要である。たしかに増税前は大幅な円安と金融緩和のプラス効果が期待された。

    しかし大幅な円安と金融緩和による設備投資や住宅投資の増大と言った注入の増加を期待したが、大したことはなかった。ただ円安で輸出が多少増え(注入の増加)、円安と原油などの資源安によって輸入が大幅に減少(漏出の減少)した。この結果、経常収支の良化の効果はかなり大きかったが(経常黒字は13年度の2.4兆円から15年度の18.0兆円に大幅増)、緊縮財政(消費増税と補正予算の大幅削減)によるマイナスがさらに大きかった。したがって全てをカバーできず実質所得が減少し消費が低迷したと筆者は見ている。ちなみにここに来て、円安だった為替が急速に円高に転換したため(これだけ経常黒字が大きくなれば円高になるのは当たり前)、政府は慌てて第二次補正予算を組んだのである。


    このように「経済循環における注入と漏出」という経済学の基本に立ち返り、これらに具体的な数字を当てはめて日本経済を見れば意見の相違なんてめったに起るものではない。またこの観点から見れば、何がアベノミクスの足を引張ているのか一目瞭然となる。もちろん緊縮財政への転換が原因である(消費増税が唯一の原因というのは正確ではなく、増税分を歳出に全部回し補正予算の減額をしなかったら問題は起らなかった)

    もっとも吉川氏と竹中氏は、これらの根本や本質の議論を避けているから、結論の出ることのない不毛な議論を延々と続けられる。おそらく筆者は両者とも隠したい事があると見ている。その一つは歳出の増大の効果と思われ、その点で両者は一致しているのであろう。


    最後に安倍首相が日本の経済学者ではなく、クルーグマン教授などにアドバイスを求めていることについて司会者が両者に感想を聞いている。「政治家には長期的な視点が必要(吉川)」「ハイパーポピュリズム(超大衆迎合主義)が問題(竹中)」といった両者の見解であった。しかし筆者が何度も言っているように、日本にはまともな経済学者はほんの数名しかいない。

    学者とは名ばかりで、財務省の広報担当者のような経済学者がいる(とても学者と思えない非論理的な言論が特徴)。また一方には言っていることの半分は正しいが残りの半分は大嘘といった経済学者がいる(むしろ大嘘を通すための手段として半分は本当のことを言っていると思われる・・このようなことを職業にしている人々もいる)。誰がどれとは言わない。このような惨状なのだから、安倍総理が日本の経済学者を相手にせずクルーグマン教授などに助言を求めるのは当然と筆者は考える。



言い足りなかった重要なことがあるので、来週ももう一度吉川教授と竹中教授の討論を取上げる。



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16/6/20(第896号)「ヘリコプター・マネーと物価上昇」
16/6/13(第895号)「ヘリコプター・マネーと消費増税の比較」
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16/5/16(第891号)「ヘリコプターマネーは日本の救世主か」
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